「ローエングリン」は、ワーグナーの最後のオペラです。ローエングリン以降の作品は、「楽劇」と呼びます。
女性の夢に出てきた、「白鳥の騎士」が現実に現れる
ローエングリンには、結婚式でよく使われる「結婚行進曲」が劇中に出てくる
ナチスドイツに利用された言葉として有名な「ドイツの国のために、ドイツの剣を」Für deutsches Land das deutsche Schwert! も出てきます。
ローエングリンの見どころ、聴きどころとしては、「グラール語り」In fernem Land、「愛しい白鳥よ」Mein lieber Schwan!、「エルザの夢」Einsam in trüben Tagen があります。
オペラ「ローエングリン」の相関図

オペラ「ローエングリン」の登場人物
ローエングリン | 白鳥の騎士 | テノール |
エルザ | ブラバントの公女 | ソプラノ |
オルトルート | フリードリヒの妻、魔女 | メゾソプラノ |
フリードリヒ・フォン・テルラムント伯爵 | ブラバントの伯爵 | バリトン |
ハインリヒ王 | 東フランク王国の国王 | バス |
ゴットフリート | エルザの弟 | 黙役 |
オペラ「ローエングリン」の基本情報
- 題名 Lohengrin ローエングリン
- 作曲 ワーグナー
- 初演 1850年8月28日 ワイマール宮廷劇場
- 原作 ヴォルフラム・フォン・エッシェンバッハ「パルツィファル」
コンラート・フォン・ヴェルツブルク「白馬の騎士」
ドイツ「ローエングリン叙事詩」ほか - 台本 リヒャルト・ワーグナー
- 言語 ドイツ語
- 上演時間 3時間50分(第1幕65分 第2幕85分 第3幕80分)
オペラ「ローエングリン」の簡単なあらすじ
オペラ前の出来事
領主が娘と息子を残して死んだ。娘はエルザ、息子はゴットフリートである。テルラムント伯爵はエルザに結婚を申し込むが、エルザはそれを拒否する。エルザとゴットフリートは森に出かけたが、エルザは一人で帰ってきた。
ローエングリンの本編
ハインリヒ王は徴兵のため訪ねてくる。テルラムント伯爵は、エルザが兄を殺したと王に訴える。王はエルザを呼び出す。エルザは、夢で出会った白鳥の騎士が自分に代わって伯爵と戦ってくれると言う。
騎士は白鳥を従えて現れる。騎士は、エルザが自分の名前と素性を聞かないことを条件に、エルザの味方になることを約束する。彼はテルラムント伯爵と戦う。騎士は伯爵を倒す。
テルラムント伯爵の妻オルトルートは、エルザに騎士の素性を疑わせる。オルトルートは騎士に名を問う。彼は、私に名前を聞くことが許されるのはエルザだけだと言う。エルザと騎士は結婚式を挙げる。
結婚式の後、エルザは騎士に名前を聞く。二人の部屋にテルラムント伯爵が現れ、騎士はテルラムント伯爵を殺害する。
騎士は人々の前で自分の正体を明かす。私の名はローエングリン、人々が私の正体を知れば、私は国に帰らねばならなくなると言う。民衆はオルトルートの悪行を知る。白鳥はゴットフリートが変身したものだった。騎士は去り、エルザは悲しみのあまり死んでしまう。
オペラ「ローエングリン」の解説
神明裁判とは、「両者の間でトラブルがあるが、証拠がなく判断がつかない」ときに、神の判断を仰ぐために行われる裁判方法です。宗教や時代によってやりかたは、異なります。
適用範囲は、身分が低い者、評判が悪い者、性犯罪を調べるため、異端の者。魔女裁判も含まれます。
片方が、裁判集会に相手を呼び出してから、始まる。
↓
呼び出された側が、相手の主張を認めるか、否定するか。
↓
否定した場合、雪冤宣誓(訴えられた者が自分の人格を保証する人を12人集める)で、成功か、失敗か。
↓
失敗した場合、神明裁判が行われる。
ローエングリンの神明裁判は「決闘をして勝った方を勝者とする。代理を立ててもよい。」となっています。
オペラ「ローエングリン」第1幕のあらすじ
前奏曲
アントワープ郊外のシェルデ河畔
ロタリンギア王国にハインリヒ王が訪問している。王はハンガリーと戦うために兵の募集に来た。
王の伝令
聞くがいい、ブラバントの伯爵、貴族、民よ。ハインリヒ王が来られる。
男たち
よくぞ、来られました。

ブラバントの親愛なる民たちよ、神のご加護を。ドイツは危機にある。東方の敵に備えなければならない。
ブラバントに、兵を要請しに来た。だが、ブラバントは領主が決まらず、反目しあっていると聞いている。だから、私はあなたを呼んだ。テルラムント伯爵。この不和の原因を教えてくれ。
「ブラバントの民よ、神のご加護を」Gott grüss’ euch, liebe Männer von Brabant!
公国中の貴族や兵たちが集まっている中、テルラムント伯爵がハインリヒ王に申し立てる。



王よ、裁きに来て頂きありがとうございます。私はブラバントの領主が亡くなった後、二人の子供を委ねられました。娘のエルザと、息子のゴットフリートです。
ある日ふたりが森に出かけた後、エルザだけが戻りました。エルザは何も言わず、少年は見つかりませんでした。
私は、亡き領主からエルザの婚約者と決められていましたが、婚約を辞退して、オルトルートという娘を娶りました。
ここにエルザの弟殺しの罪を告発したい。また、公国を治める権利がある私を、領主に任命して欲しい。
「王よ、裁きに来て頂きありがとうございます」Dank, König, dir, dass du zu richten kamst!
ハインリヒ王は、ブラバント公国の公女エルザを呼ぶ。



暗い孤独の中で、神に祈りました。私の嘆きははるか遠くに響きました。そして、甘い眠りに落ちたのです。光の武具が輝く騎士が近づいてきました。彼は私を慰めてくれました。夢の中で見た騎士が私のために戦ってくれます。
「エルザの夢」Einsam in trüben Tagen
「エルザの夢」Einsam in trüben Tagen|ローエングリン
エルザは夢見心地で「エルザの夢」を歌います。


男たち
なんて奇妙なんだ。彼女は夢を見ているのか?



彼女の戯言に惑わされてはいけない。私は確かな証拠を持っている。ここに私の剣がある。私の名誉に挑む者はいるか?



神が決着をつけてくれるだろう。テルラムント伯爵に尋ねる。神明裁判にて決着をつけると誓うか?



はい。



ブラバントのエルザに尋ねる。神明裁判にて、お前のために代理の戦士が戦うことを望むか?



はい。
神明裁判をするためのラッパが鳴る。誰も来ないかと思われたときに、白鳥のひいた船に乗って騎士がやってくる。
男たち
見よ!なんという不思議。



さあ、感謝を捧げよう、愛しい白鳥よ。
白鳥が去る。



エルザのために戦います。戦いに勝った際には、結婚しましょう。ただ、ひとつ約束してほしい。私の名前や素性を、決して聞いてはいけない。



わかりました。



エルザ、愛しています。
人々
何という奇跡を見ているのだろうか?
神明裁判が行われる。



神よ、私はあなたに呼びかける。さあ、あなたの真の審判を。
男たち
純粋な腕に英雄的な力を与えてください。あなたの本当の裁きを下さい。
女たち
神よ、彼に祝福を。
白鳥の騎士はテルラムント伯爵と戦って勝つ。



伯爵よ。神の判断により、お前の命は私のものだ。命だけは助けよう。
ハインリヒ王は白鳥の騎士を祝福。テルラムント伯爵夫婦が悔しがる。
オペラ「ローエングリン」第2幕のあらすじ
前奏曲
アントワープの城内
夜。テルラムント伯爵と妻オルトルートは、くやしがっている。



起きろ、恥の道ずれめ。私たちはこの地で朝を迎えることはできない。



私はここを離れることはできない。敵の宴に恐ろしい猛毒を吸わせてやろう。私たちの恥と彼らの喜びを終わらせてやる。



名誉や名声を失い、これからどうしたらいいのか。お前を信じたばかりにこんなことに!
森に住んでいたおまえが「エルザが弟を沼で殺しているのを見た」と言ったのだぞ。
さらに「あなたこそ領主がふさわしい」と私にささやき、結局お前と結婚するはめになってしまった!



私を罵ってどうするの?あんな男など扱い方がわかれば、大したことない。彼は子供よりも弱いわ。



弱いだと?彼に神の力を感じたぞ。占い師よ、お前はまた私をたぶらかそうとしているのか?



いいことを教えてあげるわ。あの騎士は「私の名前と素性を聞くな」と言っていたわ。きっと名前を知られれば、すべての力を失ってしまうのよ。
その質問を禁止したのは、エルザだけ。彼女が質問すれば、こっちのものよ!
あの男は魔法の力で強くなっていたのだろう。ああ、あの決闘の時、あなたが彼の体を指一本でも傷つけていたら、意のままに操れたのに。



恐ろしい、なんてことを聞いたんだ。私は神の裁きに負けたと思っていたが、魔法の力で私は名誉を失ったのだな。男の策略を暴いて、私の名誉を新たに得ることができるだろうか?



今こそ復讐の成功を念じよう。甘い眠りに落ちているお前らを、災いが見ていることを知るがいい。
エルザは、ひとりでバルコニーにいる。



そよ風よ、あなたがこれまで私の嘆きを包んでくれた。
エルザを見つけたオルトルートは、夫を追い払い、ひとりでエルザに話しかける。



エルザ!夫が不幸な妄想のために、あなたを陥れて申し訳ありません。罪を償うために、生きているのです。



そんな…待っていて。あなたを入れてあげるわ。
エルザがその場を離れ、オルトルートがひとりになる。



冒涜された神々! 私の復讐を手伝ってください。ここで行われた不名誉を罰してください。ヴォータン、あなたに呼びかけます。フライア、お聞き入れを!
「冒涜された神々よ」Entweihte Götter!
ワーグナーの後の作品、楽劇「ニーベルングの指環」に登場する、ヴォータン(神々の長)、フライア(美の女神)の神の名前。
エルザが戻る。



どこにいるの?みじめなあなたを見ていると、胸が詰まりそう。明日の朝、騎士に慈悲を求めてみます。



お礼は何も出来ないけれど、あなたに助言します。幸せに目をくらませないでください。あなたに災いがふりかからないように。



災いとは?



不可思議な現れ方をし、名前も素性もわからない騎士が、突然去ることがないとでも?



哀れな人、あなたにはわからないでしょう。純粋に人を信じる喜びを、あなたにも教えてあげます。
朝。王の伝令が次のことを言う。
王の伝令
伯爵の追放の刑が決定した。エルザと騎士の結婚式を行う。騎士は領主になることを固辞したので、ブラバント公国の守護者として、戦にでることになった。
城内に、貴族や兵士たちが集まっている。
貴族たち
朝になるとラッパが我らを集める。
貴族たちのもとに、テルラムント伯爵が現れる。



私は大胆なことをするつもりだ。あの男を神を欺いた罪で告発する。
貴族たち
なんてことを言うのか。人々に聞かれたら、あなたは終わりだ。
テルラムント伯爵と貴族たちがその場を離れる。
豪華なドレスを着た、女性たちの長い行列。
人々
祝福された彼女が歩く。慎ましく長く苦しんだ人だ。神よ、彼女を導いてください。神よ、彼女の歩みを守ってください。
「エルザの大聖堂への行列」Gesegnet soll sie schreiten
「エルザの大聖堂への行列」Gesegnet soll sie schreiten|ローエングリン
吹奏楽で有名。


エルザは彼女たちと共に、結婚のために教会へ向かう。行列の最後にいたオルトルートが、エルザに走り寄る。



もう我慢できない。お前の侍女にはなりたくない。



私はあなたの夜の振る舞いにだまされたのね。



私の夫はこの国では名前も素性も知られ、尊敬されていた。あなたの夫は、誰も名前を知らず、あなたも彼の名前を知らない。どのような素性で、どこから来て、どこへ帰るのか?魔法で力を得ているから、言えないのだわ。



なんて酷いことを言うの。
ハインリヒ王や白鳥の騎士、貴族たちが行列を作ってやってくる。女性たちの行列が礼拝堂まで進まずに、止まっているのに驚いている。



私を救ってくれた人よ。オルトルートは、私があなたを信じすぎていると言うのです。



悩む彼女を見なければならないのか。
オルトルートが去り、ハインリヒ王と白鳥の騎士、エルザが、教会に進もうとすると、今度はテルラムント伯爵がやってくる。



私はこの男の魔法の力に負けたのです。名前も素性もわからない、あやしいやつ。野生の白鳥が船をひくのは、おかしい。



おまえにも王の問いにも答えない。私が質問に答えないといけないひとは、ただひとり、エルザ。



勇者よ、不届き者には毅然と立ち向かえ。伯爵の疑いを避けるには、あなたは高貴すぎるのだ。
テルラムント伯爵がエルザに駆け寄り、小声で話しかける。



エルザ!!私を信じてください。彼の体を少し傷つければ、彼の隠し事はなくなり、あなたのそばにいるでしょう。夜にまた訪ねます。呼んでくれれば駆けつける。
白鳥の騎士が二人の様子に気がついて、テルラムント伯爵を追い払う。



私たちの幸福はあなたにかかっている。私への疑いはありますか?



私の愛は疑いなど、ものともしません。
多くの人たちに祝福されて、ふたりは教会の入り口へ進む。
オペラ「ローエングリン」第3幕のあらすじ
第1場
前奏曲
新婚の部屋
新郎新婦の寝室。エルザを中心にした女性の行列と、白鳥の騎士を中心とした男性の行列が、部屋に入ってくる。
人々
真心に導かれて行きなさい、愛の祝福があなたを守る場所へ。勇気を出して愛を勝ち取り、最も祝福された二人は忠誠を誓い会うのだ。
「結婚行進曲・婚礼の合唱」Treulich geführt ziehet dahin
「結婚行進曲・婚礼の合唱」Treulich geführt|ローエングリン
ワーグナーの結婚行進曲。


ハインリヒ王が二人を祝福して去る。エルザと白鳥の騎士は、二人きりになる。



私の心があなたのために甘く燃えているのを感じます。神様だけが与えてくれる喜びを、吸い込むのです。



あなたが幸せを感じているならば、あなたは私に天国の至福を与えてくれるのですよ。



これはただの愛ですか?何と呼べばいいのでしょう。言葉にならないほどの至福の時をもたらしてくれます。でも残念ながら、あなたの名前を知ることはできませんが。私は最愛の人の名を呼ぶことができない。



エルザ!あなたは私と一緒に甘い香りを吸わないのでしょうか?何と甘美な感覚に酔いしれることでしょう。不可思議な魔法でにより、あなたと結ばれているのです。初めて会った時、私はあなたの素性を知る必要がなかった。あなたの純粋さが私を魅了したのです。



あなたにとって私が価値のある存在なら、秘密を教えて欲しい。全世界に黙っていないといけないような暗い秘密なのですか?



あなたはすでに私を信頼してくれています。私はあなたの誓いを喜んで信用しますよ。あなたの誓いが揺らがないからこそ、どの女性よりもあなたに価値を感じています。
私を疑う必要はないのです。夜の世界から来たのではなく、輝く喜びの世界から来たのですから。



そんなにも、魅力的な国からやってきたのね。それならば、すぐに去ってしまうかもしれない。私への愛が冷めて、いなくなってしまったら?あなたがいてくれる保証がどこにあるの?疑いが止まらない。あなたの名前と素性を、教えてください。
部屋にテルラムント伯爵と家臣たちが押し入ってくる。白鳥の騎士がテルラムント伯爵を殺す。エルザは気絶。



私たちの幸せは、全て消え去った。
騒ぎを聞きつけて、女官たちがやってくる。



彼女の身なりを整えてくれ。
騎士は部屋から出て行く。
第2場
シェルデ河畔
ハインリヒ王と民衆たちが集まっている。
男たち
ハインリヒ王、万歳。



ブラバントの人々に感謝する。誇らしげに胸を熱くした。今、王国に敵が近づいているが、勇気を持って彼を迎え討とう。ドイツの国のために、ドイツの剣を!
「ドイツの国のために、ドイツの剣を」Für deutsches Land das deutsche Schwert!
男たち
ドイツの国のために、ドイツの剣を!
「ドイツの国のために、ドイツの剣を」Für deutsches Land das deutsche Schwert!
ナチスドイツに利用された言葉。
テルラムント伯爵の遺体が運ばれる。エルザが顔面蒼白で、女官らに連れられてやってくる。



ハインリヒ王。私は、あなたと一緒に戦うことができません。昨夜、テルラムント伯爵に押し入られ、彼を打ち倒しました。そして、エルザは、私の名前と素性を聞いてしまったのです。
皆がざわつく。



あなた方が近づくことの出来ない国。そこには城がある。聖杯によってここに来ました。私は、パルツィヴァルの息子、ローエングリンだ。
「名乗りの歌・グラール語り」In fernem Land
「グラール語り」In fernem Land|ローエングリン
グラールとは、ドイツ語で聖杯のことです。





エルザ。もはや私は去るしかありません。



ここから去らないで。
岸辺に白鳥がやってくる。



愛しい白鳥よ、来てくれてありがとう。あと一年経てば、お前は別の姿になっていたのに。
エルザ。あと一年でもあなたを見守りたかった。弟はいずれ帰ってきます。さようなら、お元気で。
「愛しい白鳥よ」Mein lieber Schwan!
「愛しい白鳥よ」Mein lieber Schwan!|ローエングリン
白鳥とエルザに最後の挨拶。


ローエングリンは、岸辺に走っていく。



帰れ!帰れ!愚かなエルザに教えてあげよう。私は、船をひいている白鳥が誰なのか、わかっていたのよ。白鳥がブラバント公国の世継ぎ(エルザの弟)だと。
エルザ。騎士を追い払ってくれてありがとう。騎士は白鳥と共に帰って行くのさ!
オルトルートの言葉を聞いていたローエングリン。彼が祈りを捧げると、白鳥が弟に戻る。



彼はブラバント公爵である!
それを見たオルトルートは、倒れ込む。弟とエルザの再会。ローエングリンは去って行く。エルザは弟の腕の中で亡くなる。