プッチーニの「トスカ」は、ナポレオン戦争時のローマを舞台にした悲劇のオペラです。「トスカ」の原作となった、ヴィクトリアン・サルドゥによる同名の戯曲は、フランスの舞台女優サラ・ベルナールのために書き下ろされた作品です。
もともと原作が名女優のために作られた作品だったため、トスカを演じる女性の魅力が引き立ち、ソプラノ歌手の魅力が光ります。
トスカの見どころ・聴きどころとしては、トスカの「歌に生き、愛に生き」(第2幕)カヴァラドッシの「星は光りぬ」(第3幕)悪役スカルピアの「行け、トスカ」(第1幕)があります。
「トスカ」は簡単に言うと「トスカ対スカルピア」の心理戦です。その点に注目して見ると面白いですよ。
オペラ「トスカ」の相関図

オペラ「トスカ」の登場人物
フローリア・トスカ | 歌手 | ソプラノ |
マリオ・カヴァラドッシ | 画家 | テノール |
スカルピア男爵 | 警視総監 | バリトン |
アンジェロッティ | 政治犯、カヴァラドッシの友人 | バス |
オペラ「トスカ」の基本情報
- 題名 Tosca トスカ
- 作曲 ジャコモ・プッチーニ
- 初演 1900年1月14日 ローマ コスタンツィ劇場
- 原作 ヴィクトリアン・サルドゥ「トスカ」戯曲
- 台本 ルイージ・イッリカ ジュゼッペ・ジャコーザ
- 言語 イタリア語
- 上演時間 1時間55分(第1幕45分 第2幕40分 第3幕30分)
オペラ「トスカ」の簡単なあらすじ
画家のカヴァラドッシは、政治犯の友人を別荘にかくまう。カヴァラドッシの恋人トスカは、彼の行動を怪しむようになる。

トスカはいい子だが、神様の前では何でも言ってしまう。だから彼女には隠しておいた方がいい。
警察署長のスカルピアは、トスカの嫉妬と愛情を利用して、二人を窮地に追い込む。



行け、トスカ。スカルピアはお前の心の中に潜んでいる。一人の男を絞首台へ送る。一人の女は、私の腕の中へ。
彼はカヴァラドッシの命と引き換えに、トスカの体を要求する。トスカはスカルピアに反撃し、彼を殺してしまう。



これがトスカのキスよ。
スカルピアの魔の手から逃れたかに見えた二人だったが、スカルピアの狡猾な嘘により、カヴァラドッシは処刑され、トスカも死んでしまう。
オペラ「トスカ」の解説
「トスカ」に関わる歴史的な出来事として「マレンゴの戦い」があります。
「マレンゴの戦い」とは、1800年6月13日、14日にイタリアのマレンゴで起こった、ナポレオンのフランス軍とオーストリア軍との戦いです。「トスカ」は、1800年6月17日の出来事となっています。
第1幕では、ナポレオンが死んだと教会に知らせが入りますが、これは誤報です。第2幕で、ナポレオンの勝利が知らされます。
オペラ「トスカ」第1幕のあらすじ
聖アンドレア・デッラ・ヴァッレ教会
1800年6月17日、恐怖政治が行われているローマ。教会の中に、若い男・政治・犯(アンジェロッティ)が逃げ込んでくる。
政治犯(アンジェロッティ)
ああ、たどり着いたぞ。恐怖でどの顔も密告者に見えた。妹からの手紙では、聖母像の下にあるはずだが。あった!礼拝堂の鍵を見つけた!
男は、妹が隠した鍵を見つけて教会の奥に入る。
教会の番人が現れ、絵筆を洗い始める。
教会の番人
いつも絵筆を洗ってばかりだ。どれも汚いな。おい!絵描きよ。あれ?いないな。カヴァラドッシは戻ってきたはずなのに。食べ物には手を付けていないようだ。
番人が鐘の音に気が付き、祈り始める。画家のカヴァラドッシが現れる。



(絵から布を外しながら)おい、何をしている。
教会の番人
祈っていたんですよ。聖マクダレーナの絵は、教会に祈りに来るあの女性ですか?



その通りだよ。
教会の番人
(なんて罰当たりな。)



いい絵が描けた!金髪美女と黒髪のトスカを合わせて、芸術が描けたぞ。
「妙なる調和」Recondita armonia
金髪美女とトスカの美を一枚の絵にしたぞ、と歌います。


教会の番人
(二人の女性を聖母様になぞらえるなんて、地獄の悪臭がするぞ。)それでは、私は行きますよ。



(絵を描きながら)どうぞ。
教会の番人
私が用意した食べ物はいらないんですか?



腹は減ってない。
教会の番人が去り、教会内に鍵の音が響く。



誰だ?
政治犯(アンジェロッティ)は逃げようとするが、友人だと気が付く。
政治犯(アンジェロッティ)
お前じゃないか。カヴァラドッシ!俺は脱獄してきたんだ。



友よ!君のために何でも協力するよ。
遠くで、恋人のトスカがカヴァラドッシの名前を呼んでいる。



(トスカの声)マリオ!どこなの?



(アンジェロッティに)トスカが来る。嫉妬深いんだ。しばらく隠れていてくれ。この食べ物を持っていけよ。
政治犯(アンジェロッティ)は食べ物を受け取り、身を隠す。



あなた、誰としゃべってたの?急いで出ていく音が聞こえたわ。女じゃないでしょうね!



気のせいだろ。こんなに愛しているのに。



マリア様にお祈りしないと。(マリア像に祈る)
今夜の演奏会は早く終わるの。一緒にあなたの別荘に行きましょう。満月だし、ロマンチックでしょ。



こ、今夜?



私たちの小さな家に行きたくないの?私たちにとって神聖な場所よ。森の茂み、ハーブの香り、咲き誇る花々、月明かりと星々の下で、狂おしいほどの愛でトスカは燃えるの。
「私たちの可愛い家に」Non la sospiri la nostra casetta



すっかり君のとりこだよ。行くよ。でも、仕事中だからさ。



何?私を追い出そうとするの?(去ろうとするが絵を見て)このブロンドの女は誰?



聖マクダレーナだよ。



綺麗に描きすぎだわ。ちょっと待って。この青い瞳は見たことがある。アッタヴァンティ侯爵夫人だわ。



(笑いながら)当たり!



彼女と愛し合っているの?さっきここにいたのは夫人なの?



いやいや。偶然彼女がこの教会に来ているのを見て、絵を描いただけ。
この世に君の黒い瞳ほど美しいものはないよ。僕が夢中になるのは、君の瞳だけ。ほかの瞳と比べることはできないよ。
「この世に君の黒い瞳ほど」Quale occhio al mondo



あなたは私をうまく扱うのね。いいわ。絵の瞳を黒く塗って。
カヴァラドッシは、トスカをなだめて帰らせる。
隠れていた政治犯(アンジェロッティ)が出てくる。



トスカはいい子なんだけど、神の前では何もかも言ってしまう。だからこのことは隠したほうがいいんだ。
政治犯(アンジェロッティ)
俺はローマから離れるつもりだ。妹が変装の用意をしてくれた。祭壇の下に、女物のドレスや扇子を隠してあったよ。



アッタヴァンティ侯爵夫人のことだな。彼女は真剣に祈っていたよ。君のためだったんだな。
政治犯(アンジェロッティ)
スカルピアから俺の身を守るためにやってくれたことだ。



スカルピア!あの男は自分の欲を満たすために、信仰を利用する男だ。あんな奴は許せない。君を助けるよ。
政治犯(アンジェロッティ)
日中は人目に付くから動けないんだ。



それなら、教会近くの僕の別宅にひとまず行ってくれ。何かあったら、庭の井戸に入ればいい。井戸の中に横道があり、隠し部屋があるから。
大砲の音が鳴り響く。脱獄があった、という合図。ふたりは、慌てて立ち去る。
司祭や聖歌隊、少年たちがやってきて、大騒ぎになっている。
教会の人々
ナポレオンが死んだ。勝利を祝おう。
教会の番人
今日は勝利の宴が開かれるぞ。宴ではトスカが歌うそうだ。
教会の人々が宴に浮かれていると、警視総監のスカルピアが現れる。



教会で騒ぐな。
教会の番人
ナポレオンが死んだという、素晴らしいニュースを聞いたので。



お前は残れ。ほかの者は、テ・デウム(祝祭の讃美歌)の練習をしろ。政治犯が脱獄した。礼拝堂へ案内してくれ。
礼拝堂に入るが、誰もいない。



(すでに逃げた後か。大砲を打ったのは失敗だった。)
スカルピアは、落ちていた扇子を見つける。



(この扇子の紋章は、アッタヴァンティ侯爵夫人。この絵は彼女そっくりではないか!)聖マクダレーナの絵を描いたものは誰だ?
教会の番人
画家のカヴァラドッシです。



トスカの男だな。
教会の番人
あれ?私がカヴァラドッシのために用意した食べ物が空になっている。彼は腹は減っていないと言っていたのに。



(番人が用意した食べ物はアンジェロッティが食べたのだ。)
アッタヴァンティ侯爵夫人…政治犯の妹、聖マクダレーナの絵に描かれた金髪女性、紋章入りの扇子の持ち主



(トスカを陰から見る)オテロのイアーゴは、ハンカチを使った。私は、扇子を使うことにしよう。
トスカが、カヴァラドッシに会いにやってくるが、彼はいない。



マリオ!マリオ!
教会の番人
画家ですか?彼はいませんよ。
番人が礼拝堂を出ていく。



ここ絵を描くって言っていたのに嘘だったのね。
スカルピアが陰から現れ、トスカは驚く。スカルピアは礼拝堂の聖水に手を浸す。



こんにちは、トスカ。この聖水であなたを祝福しましょう。



ありがとうございます。
トスカが、カヴァラドッシが描いた「聖マクダレーナの絵」の近くまでやってくる。スカルピアは同じように絵に近づく。



あなたは敬虔な女性ですので、恥知らずなまねはしないでしょう。聖マクダレーナ(絵)の衣装をまとって、許されない愛を得るような。(カヴァラドッシの浮気をほのめかす)
証拠は、この扇子ですよ。



扇子の紋章は、アッタヴァンティ侯爵夫人のものだわ。
私はマリオに無駄な知らせをしに来たのね。今夜は祝宴があるから別宅に行けなくなったと言いに来たのに。
絵を描きながら、浮気をしていたのね!!(きっとふたりは、教会近くの別宅にいるにちがいない。)
トスカは、教会を出て行く。



3人の警官と馬車でトスカの後をつけろ。
部下がトスカの後をつける。



行け、トスカ。お前の心に、スカルピアは潜んでいる。一人の男は、絞首台に。一人の女は、我が腕に。
「行け、トスカ」Va, Tosca
教会の人々
神を賛美しよう。
「テ・デウム」Te Deum
オペラ「トスカ」第2幕のあらすじ
ファルネーゼ宮殿の一室
夜、スカルピアはひとりで食事をしている。



明日にはアンジェロッティとカヴァラドッシの死があるだろう。トスカに、この手紙を渡せ。(部下に渡す)
彼女は来る。愛するマリオのために。そして、私の思惑に屈するがいい。欲しいものは必ず手に入れる。
トスカの後をつけた部下たちの報告がある。
部下
トスカが訪れた教会近くの邸宅には、画家のカヴァラドッシがいただけでした。政治犯は見つからず。その場にいたカヴァラドッシを捕まえてきました。
窓から、宮殿内の祝宴で歌うトスカの歌声が聞こえてくる。



カヴァラドッシを部屋に連れてくるように。
兵に連行されてきた、カヴァラドッシ。



この卑劣な男め。



ご存じですよね、囚人が脱走したことを。あなたは彼に食料、衣装を用意し、別宅に案内した。



そんなことは知らない!
部下
政治犯を探している時に、この男は笑って我々を見ていました。
カヴァラドッシは、すべて否定する。トスカが、部屋に入ってくる。ふたりは抱き合う。



マリオ、ここにいたのね!



(トスカに耳打ちする)僕の別宅で見たことは、黙っていてくれ。そうでないと、僕を殺すことになる。



(黙ってうなづく)



マリオ・カヴァラドッシ、裁判官が君を待っている。
カヴァラドッシが、別室へ連れて行かれる。スカルピアとトスカがその場に残る。



うろたえることなどありませんよ。扇子の件は、どうなりました?



嫉妬のあまり、血迷ったのです。アッタヴァンティ侯爵夫人はおらず、教会近くの家には彼一人でした。



彼一人ね。真実が明るみになれば、彼は苦しみから逃れられるでしょう。
カヴァラドッシが入った別室から、叫び声が聞こえてくる。トスカがショックを受ける。



彼のうめき声が!どうして!



舞台上のトスカでさえ、これほど悲劇的だったことがあるか!扉を開けろ、叫び声が聞こえるようにな!さあ、政治犯の男がどこにいるか言え!
スカルピアは、わざと別室の扉を開けさせ、トスカは思わず部屋に駆け寄り、部屋の中にいるカヴァラドッシの様子を見てしまう。さらに拷問が続き、叫び声が聞こえてくる。



やめて!井戸の中よ。
カヴァラドッシが、別室から連行されてくる。トスカは、血まみれのカヴァラドッシを抱きしめる。



フローリア、言ってしまったのか?



いいえ、あなた。



井戸の中だ、今すぐ行け。



言ってしまったんだな。僕から離れてくれ。
部屋の中に、部下が慌てて入ってくる。
部下
ナポレオンが勝利しました。我が軍は、敗走中です。



勝利だ!報復の幕開けだ。僕が笑うのを見ているがいい、スカルピア。



余計なことは言わないで!



お前は死刑囚だ。連れて行け。
トスカは、兵に連行されるカヴァラドッシと一緒について行こうとするが、スカルピアによって部屋に押し留められる。



彼を助けて!!



私が?あなたが助けるのですよ。彼を助ける方法を、一緒に考えましょう。



おいくら?



私は、金で買える男と言われていますが、美しい女性には、自分を金で売りはしない。乱暴なまねはしたくないので、あなたが自由に決めてくれ。
遠くで太鼓の音が聞こえてくる。刑の最終決定の音。



芸術に生き、愛に生きてきた。悪いこともせず、揺るがぬ信仰心を持ってきたのに。主よ。なぜこのような酷い仕打ちを。
「歌に生き、愛に生き」Vissi d’arte
「愛に生き」の「愛」は、カヴァラドッシへの愛ではなく、神への愛であり、トスカの強い信仰心が歌われています。


部屋の中に部下が入ってくる。「我々がついたときには、政治犯の男は、すでに自害していました」と言う。



覚悟は決まったかな。



(トスカはうなづく)今すぐ、彼を解放して。



今すぐ解放するのは、私でも無理だ。見せかけでかまわないので、刑を行う必要がある。(部下を呼び)例の件と同じように、刑を行ってくれ。
スカルピアは、部下に意味深に、刑の執行の命令を出す。



約束は果たしたぞ。



まだよ。二人分の通行手形を用意して。私たちが遠くに逃げられるように。
スカルピアは、通行手形を書いている。トスカは、机に刃物があるのに気がつく。スカルピアは書き終わり、近づいてくる。トスカが、スカルピアの胸に刃物を突き刺す。



これが、トスカのキスよ!!
Questo è il bacio di Tosca!
スカルピアの死。トスカは、通行手形を探し、スカルピアの手の中にあるのを見つけ、手から取る。スカルピアの遺体に(信仰心からの)敬意を払い、胸の上に十字架を置いて去る。
オペラ「トスカ」第3幕のあらすじ
サンタンジェロ城の屋上
死刑執行の手続きが行われている。



看守、ひとつだけ頼みがある。大切な女性に遺書を残したい。この指輪を渡すので、彼女に手紙を届けて欲しい。
星々は光り輝いて、大地は香り立っていた。愛の夢は消え去った。絶望の中で死んでいくのだ。
「星は光りぬ」E lucevan le stelle
「星は光りぬ」E lucevan le stelle|トスカ
別荘で過ごしたトスカとの愛の日々を思い出す、カヴァラドッシ。


トスカが、兵に連れられやってきた。トスカはカヴァラドッシに駆け寄ったが、感極まって何も言えない。通行手形を見せる。



通行手形。二人分の…



二人分よ。あなたは、自由よ。スカルピアが最初で最後の恩赦を与えたの。



あのスカルピアが?



あなたの命か、彼に身を捧げるかと言われたのよ。私は獲物につかまる寸前で、手に刃物があるのに気が付いた。そして、殺してしまった。
「あなたの血か、私の愛か」Il tuo sangue o il mio amore volea



なんだって。善良な君が、僕のために。
この優しい手は、子供をなでたり、バラを摘むためのものだったのに。その手が愛を守るために、正義を行ったのか。
「この優しい手は」O dolci mani



聞いて。時間がないわ。見せかけの処刑をするのよ。空砲が撃たれるの。撃たれたら倒れてね。兵士がいなくなったら、私たちは自由よ。



君のことを思うと死ぬのがつらかった。
看守がやってくる。ふたりは小声で話す。



先に起き上がっては駄目よ。私が起こすから。上手に倒れて。



ああ、わかっているよ。トスカが劇場でやるみたいにね。
カヴァラドッシは、兵についていく。兵たちが銃を構え、カヴァラドッシを撃ち、倒れる。



名優ね。起きていいのよ。
カヴァラドッシの死。



死んでる!!なぜ?こんな終わり方って。
部下たちの声が聞こえてくる。「スカルピア様が刺された。」「トスカに違いない」「彼女を探せ」と言っている。屋上に兵たちがトスカを捕まえにやってくる。



スカルピア!神の御前で!!
O Scarpia, avanti a Dio!
兵を前にして、トスカは屋上から飛び降りる。