【ニュルンベルクのマイスタージンガー】簡単なあらすじと相関図

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」とは、ワーグナーによる実在の人物「ハンス・ザックス」を主人公にした、喜劇的な楽劇(オペラ)作品。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の見どころ、聴きどころとしては、クラシック好きでなくても聞いたことがありそうな「前奏曲」、「ヴァルターの栄冠の歌・朝はバラ色に輝いて」Morgenlich leuchtend in rosigem Schein「ザックスの最終演説・マイスターを侮ってはいけない」Verachtet mir die Meister nicht などがあります。

目次

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の相関図

オペラ楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の相関図
オペラ楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の相関図

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の登場人物

ハンス・ザックス靴屋・マイスタージンガーバス
ヴァルター・フォン・シュトルツィング若い騎士テノール
ジクストゥス・ベックメッサー市役所の書記・マイスタージンガーバリトン
エーファポーグナーの娘ソプラノ
ダーヴィトザックスの徒弟テノール
マクダレーネエーファの乳母アルト
夜警バス
マイスタージンガー
ファイト・ポークナー金細工師・エーファの父バス
フリッツ・コートナーパン屋・組合の議長バス
クンツ・フォーゲルゲザング毛皮屋テノール
コンラート・ナハティガルブリキ屋バス
バルタザール・ツォルン錫細工師テノール
ウルリヒ・アイスリンガー香料屋テノール
アウグスティン・モーザー仕立屋テノール
ヘルマン・オルテル石鹸屋バス
ハンス・シュヴァルツ靴下屋バス
ハンス・フォルツ銅細工師バス

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の基本情報

  • 題名 ニュルンベルクのマイスタージンガー Die Meistersinger von Nürnberg
  • 作曲 ワーグナー
  • 初演 1868年6月21日 バイエルン宮廷歌劇場
  • 原作 ヤーコプ・グリム「古いドイツのマイスターの歌について」他
  • 台本 ワーグナー
  • 言語 ドイツ語
  • 上演時間 4時間30分(第1幕85分 第2幕65分 第3幕120分)

楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の簡単なあらすじ

ハンス・ザックスは、靴職人で、マイスタージンガーでもある。彼は隣に住むエーファに好意を寄せている。彼女は若い騎士ヴァルターと出会い、恋に落ちる。

エーファの父ポークナーもマイスタージンガーである。彼は娘を歌のコンテストの優勝者であるマイスタージンガーと結婚させようと考えている。マイスタージンガーであるベックメッサーは、エーファとの結婚を望んでいる。若い騎士ヴァルターはエーファのためにマイスタージンガーになる決心をするが、歌の規則を知らないため試験に落ちてしまう。

駆け落ちしようとする二人を、ザックスは機転を利かせて止める。ザックスはヴァルターにマイスタージンガーの歌の規則を教える。ヴァルターはマイスター歌曲を完成させる。

歌合戦の日、ベックメッサーはザックスの策略で歌えなくなる。ヴァルターは歌に成功する。ドイツの芸術を守るマイスタージンガーを皆が賞賛する。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕のあらすじ

前奏曲

教会

16世紀中頃のニュルンベルク。人々が教会で祈りを捧げている。柱の陰から若い騎士ヴァルターが若い娘エーファに身振りで合図を送り、エーファは彼に気が付いて恥ずかしそうにしている。

礼拝が終わり、教会から人々が出ていく。ヴァルターがエーファを引き留める。エーファの側には付き添いの乳母がいる。

ヴァルター

待って下さい、一言だけ!

エーファ

(付き添いの乳母に)ショールを取ってきて。

乳母が席を外す。(再度エーファに言われてブローチを探しに行き、次に乳母自身の聖書を取りに戻る。)

ヴァルター

生か、死か。祝福か、呪いか。あなたは婚約しているのでしょうか?

エーファ

…。

エーファが何も言えずにいると、乳母が二人の元に戻ってくる。

エーファの乳母(マクダレーネ)
騎士様、お嬢様を見ていただきありがとうございます。あなたの来訪をポーグナー様(エーファの父、マイスタージンガー)にお伝えしましょうか。

ヴァルター

ああ、私が彼の家に入らなければよかった。

エーファの乳母(マクダレーネ)
もてなしに不満があるのでしょうか!

エーファ

落ち着いて。彼は私に聞きたいことがあるのよ。なんと答えていいのか、私にはわからないの。夢の中にいるみたいで。この方は、私に婚約者はいるかどうか尋ねたのよ。

エーファの乳母(マクダレーネ)
大変だわ。人に聞かれたら!別の場所で話しましょう。あら、ダーヴィト(乳母の恋人)だわ。

教会内に、ダーヴィト(ザックスの徒弟、マクダレーネの恋人)が現れて黒幕を張り始める。

ヴァルター

返事だけでも。

エーファ

私には言えないわ。あなた(乳母)が言ってちょうだい。

エーファの乳母(マクダレーネ)
簡単には答えることができません。エーファ様は婚約しておりますが…

エーファ

でも、花婿に会ったことがありません!

エーファの乳母(マクダレーネ)
まだ誰も花婿を知りません。明日の歌合戦で決まります。勝者のマイスタージンガーに褒美(花嫁)が与えられるのです。

ヴァルターは考える様子で、二人の側を数歩くらい、離れる。

エーファ

彼でなければ、他の人とだなんて。騎士様が勝てるようにして頂戴!彼は、ダーヴィト(ダビデ王・古代イスラエルの王)のようだわ。

エーファの乳母(マクダレーネ)
ええ!昨日会ったばかりでしょう?似ているかしら、ダーヴィト(ザックスの徒弟で、乳母の恋人)に?

David(ダーヴィト・ドイツ語読み)…デイビッド、ダビデ、聖デイビッド。

エーファ

いいえ、デューラーが描いた絵のダビデ王のことよ。凛々しくて金髪で素敵だわ。

デューラーが描いた絵のダビデ王…アルブレヒト・デューラー(ニュルンベルクの画家)「ランダウアー祭壇画・聖三位一体の礼拝」のウィキペディア画像、(ウィキペディアの画像ではダビデ王がわかりにくいので、ダビデ王を拡大したアートプリントの販売ページを参考にどうぞ→絵の中の拡大したダビデ王。)

エーファの乳母(マクダレーネ)
(ため息をついて)ダーヴィト!ダーヴィト!

3人のもとにダーヴィトがやってくる。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
ここにいるよ、誰か呼んだかい?

エーファの乳母(マクダレーネ)
何をやっているの?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
今日、マイスターの試験があるんだ。会場の準備をしているよ。

エーファの乳母(マクダレーネ)
それなら、あの方はちょうどよい時に来られたのね。騎士様、あなたはここに残ってください。

(ダーヴィトに)騎士様がマイスターの試験に合格するように、教えてあげてね。

エーファ

またお会いできますか?

ヴァルター

今晩、きっと会いましょう。なにもかも初めてのことで、私が始めようとするすべては新しいことなのです。マイスターとして歌い、あなたを得ましょう。

エーファとマクダレーネが教会を出ていく。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
(あきれ顔で)いきなりマイスターになろうとするなんて、無茶だね。


教会内に、他の徒弟たちが集まり始める。

徒弟たち
ダーヴィト、突っ立っているなよ。準備を手伝ってくれよ。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
君たちが来る前に準備していたんだよ。俺は他にやることがあるんだ。(ヴァルターの様子を観察した後に)「はじめよ」Fanget an!

「はじめよ」Fanget an!…読み方はそのまま、ファンゲットアン。

ヴァルター

何ですか?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
「はじめよ」Fanget an!と、記録係が叫ぶんだ。そうしたら、あなたは歌うのですよ。知らないのですか。歌合戦を見たことは?…歌手や詩人だったことは?職人や弟子だったことは?

ヴァルター

どれもやったことがない。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
マイスターになるのは、1日では無理ですよ。私は、ニュルンベルクの偉大なマイスターであるハンス・ザックスに教えてもらっています。もう1年ほど、弟子として指導してもらい、靴作りと詩を同時に学んでいるのです。

マイスターが歌で使う音や節はとてもたくさんあるんですよ。(歌の規則の細かい説明・省略)また、正しく歌わなくてはいけません。

「マイスターになるには」Mein Herr, der Singer Meister-Schlag

ヴァルター

なんて大変なんだ。マイスターとは何なのでしょうか?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
そうですね。(少し考えて)…自ら考えて言葉や韻を作り、新しい旋律を作り出した人が、マイスタージンガーとなります。

(徒弟たちに)おい、準備が間違っているぞ。

二人の側で、会場の準備が徒弟たちにより進んでいく。

徒弟たち
(仕事をしながら)ダーヴィト、今日は試験に参加するんだろう?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
いいや、俺は参加しない。別の人が審査を受けるんだ。こちらの騎士様だ。歌手でもなく、詩人でもなく、徒弟でもないが、いきなりマイスターになろうとしている。君たちは、しっかり記録席の準備をしろよ。

(ヴァルターに)記録係に注意してください。7つ以上間違うと「歌いそこね」として落第します。

教会にマイスタージンガーたちが入ってきて、徒弟たちは後ろに下がる。


ポーグナー(エーファの父、マイスタージンガー)とベックマン(エーファとの結婚を狙うマイスタージンガー)が会話をしている。

ポーグナー

私の誠意を誤解するな。あなたは歌合戦で勝たねばならない。

ベックメッサー

エーファが求婚を断る権利をやめてくれませんか。

ポーグナー

娘の気持ちを掴めないのに、妻にしようというのか?

ベックメッサー

それなら、お嬢さんに私がふさわしいと薦めてください。

ポーグナー

それくらいならいいですよ。

ポーグナーのもとに、ヴァルターが近づく。

ヴァルター

失礼します。マイスター。

ポーグナー

おや、騎士殿。歌の会場まで私を探しに来たのですか?

ヴァルター

場違いのところに来たわけではありません。ニュルンベルクに来たのは、芸術のためです。私はマイスタージンガーになりたいのです。組合に入れてください。

ベックメッサー

(なんとかエーファを手に入れたい。歌で彼女をとりこにしてみるか。静かな夜に歌いかけてみよう。)おや、誰だ、こいつは?

2人のマイスタージンガーが会場内に入る。

ポーグナー

聞いてください。騎士がマイスターになろうと申し出てくれた。なんて嬉しい。古き良き時代が蘇るようだ。

古き良き時代…ワーグナーのオペラ「タンホイザー」の時代のこと。タンホイザーでも歌合戦が出て来たね。タンホイザーに出てきた、中世の吟遊詩人「ミンネゼンガー」が貴族の没落により各地に散らばり、文化を引き継いだ手工業の職人たちが「マイスタージンガー」として、厳格な規則に基づいた歌を競いあいました。

ヴァルター

マイスタージンガーと名乗る名誉を、今日のうちに望むことができるでしょうか。

ポーグナー

騎士殿。それには決まりがありますが、今日は試験の日。皆に話をしてみましょう。

マイスタージンガーたちが集まってきて、最後に主役のハンス・ザックスが登場。

ザックス

皆さん、こんにちは。

組合の議長(コートナー)
歌合戦と組合会議のために皆さんに案内を出しました。出席を確認します。

全員の名前を呼んでいく。ひとり病気で欠席で、他のマイスターは出席。

ポーグナー

明日は美しいヨハネ祭ですね。歌合戦が行われ、勝利の歌も褒美も語り継がれることでしょう。

私がドイツの各地を旅した時、市民は感じの良いものではなく、商売や金銭にしか興味がないようでした。

私たちは、美しいもの、良いものを尊重します。芸術の価値を世界に向けて発信していきたいのです。

私は聖ヨハネ祭で、巧みな歌によって皆の前で勝利した者に、私の財産と一人娘のエーファを結婚させたいのです。

「ポークナーの演説」Das schöne Fest, Johannistag

マイスターたち・徒弟たち
素晴らしい。

ポーグナー

ただ、私の贈り物は生きています。娘を審判席に座らせたいのです。審判はマイスターたちが決めますが、結婚を受けるかは娘の判断としたいです。

組合の議長(コートナー)
私たちはお嬢さんの下になるということでしょうか。

ベックメッサー

それは我々には危険ですよ。いっそのことお嬢さんが好きな人を選べばいいじゃないか。歌合戦とは関係なく。

ポーグナー

落ち着いてください。娘は、マイスターが選ぶ男を拒むことはできますが、他の一般人の男を選ぶことはできない。マイスタージンガーとだけ結婚できます。

ザックス

失礼、皆さんの意見は行き過ぎているかもしれません。

お嬢さんの心と我々の芸術は同じ情熱を持っているとは限りません。むしろ、お嬢さんの感覚は市民たちの感覚に近いでしょう。

聖ヨハネ祭では、歌合戦に市民たちを招き、楽しませますよね。だから、市民であるお嬢さんが意見を言ってもよいのではないでしょうか。芸術と市民が共に栄えるのを、皆様方もお望みだと思います。

マイスターたち
(口々に)もっともなことだな。だが、気に食わないな。市民が芸術に口を出すのはどうかな?

ポーグナー

それでは、私の提案と取り決めでよいでしょうか?

マイスタージンガーたちが立ち上がって賛成を表明する。

ザックス

お嬢さんが最後の判断をするなら、よいですよ。

ベックメッサー

靴屋は面倒なことを言うなあ。

ポーグナー

私はひとりの騎士を紹介したい。シュトルツィング殿、来てください。

ヴァルターが進み出る。

組合の議長(コートナー)
組合に迎えるには質問しなければならない。彼は自由で正しい生まれであろうか?

ポーグナー

私が証人になりましょう。彼の身元は書類や記録で確認しています。居城を去り、ニュルンベルクの住人になろうとしています。

ザックス

騎士であろうと、農民であろうと、身分は関係ありません。マイスタージンガーと決まるのは芸術によってのみです。

組合の議長(コートナー)
あなたはどのマイスターのもとで学ばれましたか?

ヴァルター

冬の日の静かな炉端で、家や庭が雪に埋もれるとき、春のほほえみや目覚めを知りました。祖先から伝わる古い書物により学んでいます。ヴァルター・フォン・デル・フォーゲルヴァイデが私のマイスターです。

「冬の日の静かな炉端で」Am stillen Herd in Winterszeit

ザックス

立派なマイスターだ。

ベックメッサー

だが、かなり前に亡くなっている。

ヴァルター

冬の夜、森、書物が私に詩の力を教えてくれました。今、歌によって最高のものを得なければならないならば、私の言葉や調べは、マイスター級の歌となり、あなた方の耳に入るでしょう。

マイスターたち
なんと大胆な。面白いことになりそうだ。

組合の議長(コートナー)
それでは、試験をしてみましょう。ベックメッサーが審判席についてください。

ベックメッサー

騎士殿、私が記録係となり、審判しましょう。7つ以上間違えれば「歌いそこね」になりますよ。

組合の議長(コートナー)
それでは、歌の規則を読み上げます。マイスター歌曲のバール(節)形式は規則に忠実であるべきだ。規則を守った歌は、マイスターの栄誉を得るだろう。

「マイスター歌曲のバール形式は」Ein jedes Meistergesanges Bar

ベックメッサー

「はじめよ」Fanget an!

ヴァルター

Fanget an!「はじめよ」と春が森の中へ呼びかけた。呼び声は響き渡り、森の中にこだまする。森は呼び声に応え、新しい生命を与える。冬は妬みと恨みを持ち、どのように楽しい歌を邪魔しようかと狙う。

Fanget an!「はじめよ」と我が心から声がしたとき、愛とは何かを知らなかった。夢から目覚めたように、心の中で震えやときめきを感じた。暖かい夜からため息があふれ、海となり、快い波を起こす。呼び声に答え、新しい命が生まれ、美しい愛の歌を歌おう。

「資格試験の歌」So rief der Lenz in den Wald

ベックメッサー

終わったか?

ヴァルター

なぜ、そんなことを聞くのですか?

「終わったか?」「なぜ聞く?」の嫌がらせのやりとりは、後で出てくる。

ベックメッサー

失敗のバツをつける黒板はいっぱいになったぞ。

ヴァルター

私の歌はまだ終わっていません!

ポーグナー

記録係、あなたは厳しすぎるのでは?

ベックメッサー

誰が記録係をやっても変わらないですよ。歌の規則を守っていないのだから。「歌いそこね」としていいですか。

マイスターたち
これを歌と言えるだろうか?聞いていて不安になったぞ。

ザックス

待って下さい。マイスターの皆さん。騎士殿の詩と節は、我々の道とは違いましたが、しっかりとしたものでした。記録係を気にせず、最後まで歌いなさい。

ベックメッサー

自由に歌うなら市場で歌えばいい。ここでは歌の規則に従うべきだ。

マイスターたち
ザックスがかばっても、騎士殿はダメだろう。我々は誰でも受け入れるわけにはいかないのだ。

ポーグナー

騎士殿は無理そうだ。花婿にちょうどよく、私は彼を気に入っているが。

ヴァルター

暗いいばらの茂みから、フクロウがざわめきカラスを呼び寄せる。夜の闇で、鳥たちが鳴く。不思議な鳥が一羽飛び立ち、黄金の翼を広げ、私に飛べと合図する。大胆に飛び上がり、懐かしき丘に行こう。愛しい女性を称えて歌うのだ。カラスのマイスターたちが嫌おうとも、私には清らかな愛の歌が生まれる。地上のマイスターたちよ、さようなら。

「暗い茨の茂みから」Aus finst’rer Dornenhecken

ザックス

なんて大胆!感動の炎だ!ハンス・ザックスは、靴屋で詩人だが、彼は騎士で詩人なのだ。

ベックメッサー

マイスターの皆さん、判定を。

マイスターたち
歌いそこね、失敗だ。

会場は解散になるが、ザックスはひとり残って誰もいなくなった座席を見ている。徒弟たちが片付け始めて、ザックスは去る。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第2幕のあらすじ

ザックスとポーグナーの家の前

晴れた夏の夕方。道に面して、金持ちそうなポーグナーの家と、質素なザックスの家が並んでいる。

徒弟たち
ヨハネ祭、ヨハネ祭。花もリボンもあげよう。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
俺も、絹で作った花の冠がもらいたいな。

絹で作った花の冠…試験の勝者には、絹の造花の花冠が贈られた。

エーファの乳母(マクダレーネ)
ダーヴィト!あなたにいいもの(かごの中の食べ物)をあげるわ。でもその前に教えて。騎士様はどうだったの?花冠はもらえたの?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
彼は「歌いそこね」になったよ。

エーファの乳母(マクダレーネ)
失敗したのね。

マクダレーネは慌てたように、ダーヴィトに食べ物を渡さずに家に急いで戻る。

徒弟たち
ヨハネ祭、ヨハネ祭。みんなが求婚。ごちそうが出るだろう。年寄りが若い娘に求婚、若い男が中年女に言い寄る。

ダーヴィトとマクダレーネは、年齢差のある恋人…ダーヴィトは若い男で、乳母のマクダレーネは若くない。

ダーヴィトが徒弟たちに殴りかかろうとしたときに、ザックスが現れる。

ザックス

一体何があった?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
徒弟たちが私を馬鹿にした歌を歌うんです。

ザックス

聞かなければいい。彼らよりも真面目に勉強するのだ。さあ、仕事にかかろう。

ザックスとダーヴィトは仕事場に戻っていく。ポーグナーとエーファの親子が道を通りかかる。

ポーグナー

ザックスが家にいるか見てみよう。少し話がしたい。

エーファ

いらっしゃるようです。明かりがついています。

ポーグナー

やはりやめよう。このベンチに座って話そうか。気持ちのよい晩だな。明日、おまえにどんな幸福が訪れるだろうか。

エーファ

その人はマイスターでなければいけないのでしょうか?

乳母のマクダレーネが物陰から、エーファに合図する。

エーファ

夕食にしましょう。お父さんは着替えたほうがいいわ。

ポーグナーは自宅に入っていく。エーファにマクダレーネが駆け寄る。

エーファの乳母(マクダレーネ)
どうでしたか。ダーヴィトの話では、騎士様は失敗したと。

エーファ

騎士様が心配だわ。誰かに話を聞きたい。

エーファの乳母(マクダレーネ)
ザックスさんなら何か聞けるかもしれません。でも、夕食のあとにしなさいよ。私はある人に内緒で頼まれたことがあるの。

エーファ

誰?騎士様?

エーファの乳母(マクダレーネ)
ベックメッサーです。

エーファ

それならいいことではないでしょうね。

二人はポーグナー家に入る。


仕事場にいる、ザックスとダーヴィト。

ザックス

仕事は終わりだ。もう休んでいい。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
親方はまだ仕事をするんですか?

ザックス

いいから寝ろ、お休み。

ダーヴィトが部屋を出ていき、ザックスは物思いにふける。

ザックス

ニワトコの花が香り、何かを歌いたい気分になる。だが、私の歌に何の価値があるだろう。不器用な男の歌だ。

何かを感じているが、わからない。歌の規則に合わない歌だったが、私の心を捕らえた。5月の鳥の歌のようで、古くあり、新しくもあった。

今日歌った鳥は、美しいくちばしをもっていた。マイスターたちは不安だっただろうが、ハンス・ザックスはとても気に入った。

「ニワトコのモノローグ」Was duftet doch der Flieder

ニワトコの花…セイヨウニワトコのウィキペディア

歌詞と対訳

「ニワトコのモノローグ」Was duftet doch der Flieder|ニュルンベルクのマイスタージンガー

ザックスのもとを、エーファが訪ねる。

ザックス

こんな遅くにどうした。新しい靴のことかい?

エーファ

まだ履いていないわ。

ザックス

明日、花嫁として履くんだろう?

エーファ

花婿は誰かしら?

ザックス

私が知っているとでも?今作っている靴は、君に求婚しようとしているベックメッサーの靴だよ。

エーファ

その靴の中に樹脂をたくさん塗って、足が張り付くようにしてください。私に構わないように。でも、どうしてあの人が私に求婚を?

ザックス

彼は独身だからね。あの場で歌おうという求婚者は少ないよ。

エーファ

男やもめのあなたは?

ザックス

年をとりすぎている。私をからかってはいけないよ。私にもかつては妻と子がいたが…

エーファ

重要なのは、芸術よ。芸術がわかる人は私に求婚したらいい。あなたの奥さんは亡くなり、私は大きくなったわ。私が妻と子の代わりになることもあり得るのよ。

ザックス

妻と子を同時に得られるか。面白いことを言うね。

エーファ

私を笑っているのね。ベックメッサーが私を勝ち取ることになったら、あなたは黙ってみているの?

ザックス

それは君のお父さんと相談してくれ。

エーファ

家で相談できていれば、ここに来ていません。

ザックス

(考えるように)そうだね。今日は組合でいろいろとあったから。

エーファ

歌の試験のことですね。何があったのでしょう?どなたが試験に応募してのでしょうか?

ザックス

ひとりの騎士だよ。

エーファ

まあ、騎士ですって?彼は成功したのですか?

ザックス

ダメだったよ。そして、大変な争いになったんだ。

エーファ

彼を救う方法はないのですか?合格させるのが無理なほど、下手だったのですか?

ザックス

彼がマイスターになるのは難しいだろうね。

乳母のマクダレーネが、エーファを呼びに来た。

エーファの乳母(マクダレーネ)
エーファ様、お父様がお呼びですよ。

エーファ

(ザックスに)最後にひとつだけ。騎士の味方になるマイスターはいなかったのでしょうか?

ザックス

彼の味方になるのは難しいことではないんだが、彼の前では自分が小さく見えるのだろう。騎士殿は他の場所で花開くかもしれない。

エーファ

そうね。器の小さいマイスターのところよりも、他の場所で花開くでしょうよ。

ザックス

(そうだろうと思っていた。何とかしないといけないな。)

ザックスは考える様子で、部屋に戻る。

エーファの乳母(マクダレーネ)
こんなに遅くまでどこにいたのですか?お父様がお呼びですよ。あと、ベックメッサーがあなたに窓辺に立っているようにと。

エーファ

父には私は寝た、と伝えて。窓辺には、私の代わりにあなたが立っていて。(ザックスさんにきつく言ってしまった。彼を怒らせたかもしれない。)

エーファがヴァルターを見つける。

エーファ

あの人だわ!あなたは私の友であり、優勝者です。

ヴァルター

間違っています。私はあなたの友ですが、マイスターの仲間になれず優勝の資格はありません。

エーファ

私が褒美を与えるのは、あなたしかいません。

ヴァルター

あなたのお父様はマイスターたちに「マイスターに選ばれた者があなたの花婿となる」と言ったのです。それを撤回するのはできないでしょう。私は愛と情熱でマイスターの地位を得ようとしましたが、マイスターたちによって阻まれました。

私と一緒に逃げてくれませんか。望みは消え、選択の余地はないのです。

夜警の角笛が聞こえてくる。

エーファ

夜警が来ます。あなたは菩提樹の陰に隠れてください。

エーファの乳母(マクダレーネ)
エーファ様、もう帰る時間ですよ。

エーファとマクダレーネが家に戻り、ヴァルターは木の陰に。夜警が道を通る。

夜警
皆さん、22時をお知らせします。

仕事場からザックスが顔を出す。

ザックス

よくないことを聞いてしまった。駆け落ちはよくないな。

ヴァルター

彼女はもう来ないのか?なんという苦しみ。…彼女が戻って来た!

エーファ

私は無茶をする娘なのです。あなたのところに来ました。逃げましょう。

ザックスが戸を開けると通りが明るくなり、ふたりが照らされる。なんとかその場を離れようとしていると、リュートの音が聞こえてくる。

ヴァルター

リュートの音だ。

エーファ

(絶望的に)ベックメッサーだわ。

ザックス

やっぱり来たんだな。

ヴァルター

あの記録係か。やっつけてやる。

エーファ

ダメよ。父が目を覚ますわ。歌ったらどこかに行くわよ。それまで隠れていましょう。

ベックメッサーが歌う準備をしていると、ザックスが靴を作りながら歌を歌う。

ザックス

イェールム!イェールム!イブ(エーファ)が楽園を離れた時、裸足で逃げ出し足をくじいた。神は彼女を哀れみ、天使に言った。「彼女に靴をやれ」

「ザックスの靴作りの歌」Jerum! Jerum!-Als Eva aus dem Paradies

エーファ…イブのドイツ語読み

ベックメッサー

やめてくれ、静かにしてくれ。

ザックス

あなたの靴を作っているんですよ。夜通し靴を作るには、歌が必要だ。

ヴァルター

彼の歌に、エーファと出てくるけど、君のこと?

エーファ

聞いたことのある歌だけど、私と関係ないわ。でも何か意味がありそうね。

マクダレーネがエーファの姿で窓辺に現れる。

ベックメッサー

窓が開いた!あいつが歌うのをやめないと無理だな。

ザックス、一言聞いてくれ。靴のことになると、集中するんだね。靴屋としても、芸術家としても、批評家としてもあなたはすごい。だから、私の歌を聞いてみてくれ。あなたが気に入るか、判断してほしい。

ザックス

いえいえ、あなたの靴を仕上げますよ。でもそんなに言うなら、あなたは歌って、私が靴型を叩いて記録(批評)しましょうか。

ベックメッサー

なんて悪賢いやつ。だが、のんびりしていられない。彼女が窓辺からいなくなってしまう。

ザックス

「はじめよ」Fanget an!さあ、早く歌わないと、私が歌い始めますよ。

ヴァルター

とんでもないことになってきたな。

エーファ

いい日なのか、悪い日なのかわからないわ。

ベックメッサー

私はその日が訪れるのを見る。喜びをもたらす日。(歌と一緒にザックスの靴底を叩く音が聞こえる。)

「ベックメッサーのセレナーデ・私はその日が訪れるのを見る」Den Tag seh’ ich erscheinen

ザックス

歌は終わりましたか?

ベックメッサー

なぜ、そんなことを聞くのか?

「終わったか?」「なぜ聞く?」のやりとり…歌の試験でベックメッサーがヴァルターにやった嫌がらせを、ザックスがやり返している。

ザックス

靴は出来上がりましたよ。

騒々しさに、隣人たちが通りに出てくる。ダーヴィトも目覚めて出てくる。

隣人たち
何事だ。静かにしろ、今は寝る時間だぞ。ほかの場所でやってくれ!

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
一体なんだ?あそこにいるのは、マクダレーネだ。彼女があいつを呼びよせたのか。あの男をぶっ飛ばしてやる。(ベックメッサーに飛びかかり)くそったれ。

「殴り合いの場」Zum Teufel mit dir, verdammter Kerl!

エーファの乳母(マクダレーネ)
(窓辺から見て)大変だわ。

騒動が起こり、多くの人が通りに出てくる。ヴァルターは剣を抜き、通りをエーファと共に横切ろうとする。

ヴァルター

(剣を抜き)今のうちに、通りを横切ってしまおう。

ザックスが、ヴァルター(騎士)とダーヴィト(徒弟)を捕まえて自宅に入れ、エーファを父親のポーグナーに引き渡す。通りから人々がいなくなり、夜警が時間を知らせる。

夜警
皆さん、23時をお知らせします。

「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第3幕のあらすじ

第1場

前奏曲

ザックスの仕事場

朝、ザックスは安楽椅子に座り、書物を読んでいる。通りから、食べ物の入ったかごを持ったダーヴィトがやってくる。ザックスが書物に集中しているのに気が付いて、かごから食べ物を盗み食いしている。ザックスはダーヴィトに気が付かずに、本をめくるときに大きな音を立てる。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
(食べ物を隠して)マイスター、私はここにいます。ベックメッサーさんには靴を届けました。

怒っているのですか。許してください。徒弟など完ぺきではいられないでしょう?マクダレーネは本当に素敵なんです。食べ物もくれるし、優しくしてくれます。ただ昨日は騎士殿が失敗したことで、彼女から何ももらうことができずに、悲しい思いをしていました。そんなときに、夜に彼女に向かって歌う男がいるのです。殴らずにいられましょうか。

マクダレーネはすべてのいきさつを説明してくれて、花とリボンをくれました。マイスター!一言でも何か言ってください。

ザックス

花とリボンか。なぜここにある?

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
今日はお祭りの日ですから、めかし込みますよ。

ザックス

ヨハネ祭か。お前は祝いの歌を歌えるか。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
ちゃんと覚えていますよ。聞いてください。

ヨルダンの岸辺に聖ヨハネが立ち、洗礼を行う。ヨルダンの岸辺ではヨハネと呼び、ペグニッツの岸ではハンスと呼ぶ。

なんてこった。マイスターの命名日なのですね。こんなことを忘れるとは。花もリボンも差し上げます。お菓子も。

「ヨルダンの岸辺に聖ヨハネが」Am Jordan Sankt Johannes stand

ザックス

ありがとう。でも、お前のためにとっておけ。私と一緒に草原(歌の会場)に行くのだから美しく着飾るといい。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
親方はまた結婚しないんですか?噂が立っていますよ。あなたなら、ベックメッサーを倒せると。

ザックス

そうかもしれないな。さあ、もう行け。支度が出来たら来なさい。

ダーヴィトが出ていく。

ザックス

迷いだ、迷いだ。どこも迷いだ。

なぜ人々は怒りにかられ、血を流すまで戦うのか。誰も報われず、感謝されないのに。物事がうまくいっている時はいいが、「迷い」が目覚めると人はいけにえを求める。

ドイツの中心にある我が愛するニュルンベルクでは、人々は風習を守り、仕事に勤しんでいる。

ある夜、血気盛んな若者たちの不幸な事件を防ごうとした男がいた。「迷い」が騒動を引き起こし、人々はなぜ混乱が起こったかわからない。

そして、ヨハネ祭がきた。人々は、ハンス・ザックスが「迷い」を正しい道に導き、気高い仕事をするのを見るだろう。さあ、仕事にとりかかろう。

「迷妄のモノローグ」Wahn! Wahn! Überall Wahn!

ヴァルターが、部屋に入る。

ザックス

おはよう、騎士殿。よく眠れましたか?

ヴァルター

よく眠れました。素晴らしい夢を見たのです。

ザックス

よい前兆ですね。詩の芸術は、夢の解釈なのですよ。あなたにマイスターたちになれ、と夢が告げているのかもしれません。

ヴァルター

いえ、組合やマイスターたちを満足させるような夢ではありません。あのようなどうしようもない状態でも、希望はあるのでしょうか。

ザックス

希望はあります。あなたが相対する人たち(マイスターたち)は尊敬すべき人たちです。ただ、彼らは他人も同じ考えを持っていると、頑なになっているのです。自分たちが気に入る者に、賞を与えたいと思っています。

あなたの歌は彼らを不安にしました。あなたの詩や節は、若い女性を冒険に誘うにはいいですが、甘い結婚生活には別の詩や節を選ぶ必要があります。

ヴァルター

(笑って)昨夜、そのような歌を聞きました。路地では大きな音がしていましたね。

ザックス

(笑って)そうですね。あなたも音を聞いていたでしょう。(真面目になって)私のアドバイスに従ってください。簡潔に言うと、マイスター歌曲を作りませんか?

ヴァルター

美しい歌とマイスター歌曲はどう違うのでしょうか?

ザックス

違いですか?友よ、美しい青春の日に歌を作ることは難しくありません。生活の苦労や日々の暮らしから美しい歌を作ることは、マイスターにしかできません。

ヴァルター

女性を愛していて、彼女を永遠の伴侶としたいのです。

ザックス

マイスターの規則を覚えてください。規則があなたを導いてくれるでしょう。あなたが歌を作り、私が規則を教えましょう。この用紙に書いていきます。

ヴァルター

朝はバラ色に輝いて、花の香が漂う。夢にも思わなかった喜びに満ちている。庭園が私をゲストとして招待してくれた。

「ヴァルターの夢解きの歌」Morgenlich leuchtend in rosigem Schein

ザックスとヴァルターで歌を作っていく。

ザックス

友よ、あなたの夢は真実をもたらしました。第2番は良い出来です。
第3番はどうですか?

ヴァルター

いや、もう充分です。

第3番は後ほど、ヴァルターがエーファを見ながら完成させます。

ザックス

それならば、正しい場所で完成させなさい。あなたの従者が結婚式の衣装を持ってきていますよ。私たちは美しく着飾らねばなりません。

二人は隣の部屋に着替えに行く。


ザックスの仕事部屋に、ベックメッサーがやってくる。着飾っているが、あちこち負傷をしている様子。仕事部屋を一人で見て回り、ザックスが歌を書きとったメモ用紙を見つける。

ベックメッサー

求婚の歌だ、ザックスの!本当か。なるほど、わかったぞ。

物音がして、ベックメッサーはメモを隠す。

ザックス

今朝もいらしたのですか。靴はあるでしょう。

ベックメッサー

靴底が薄い靴で、最悪だ。あんた、昨日わざと私の邪魔をしただろう。エーファに求婚するつもりなんだな。

ザックス

誤解ですよ。求婚するつもりはない。

ベックメッサー

私は証拠を持っている。これだ。(メモを見せる。)これはあんたの筆跡だろう。実直そうに見えて、悪党だな。

ザックス

私は一度も人の者を盗んだことはないが、あなたのことを人が悪く言ったらよくないな。あなたにその紙をあげましょう。

ベックメッサー

え!嬉しいな。ザックスの歌を!いや、またひどい目にあうかもしれない。全部覚えているんだろう?

ザックス

心配する必要はないですよ。私は歌いません。

ベックメッサー

…実は昨日歌った歌は失敗だったとわかっている。作り直すこともできず、求婚と結婚生活をあきらめようかと。あんたの歌があれば、勝てる。これまでのことは、忘れよう。

喜んでベックメッサーが出ていく。ザックスの独り言。

ザックス

あんな意地悪い人間は見たことがない。ベックメッサーが泥棒をしたことで、私の計画がうまくいきそうだ。

白い衣装を着たエーファが足が痛そうに、ゆっくりと歩いて来る。

ザックス

おはよう、エーファ。

エーファ

靴の調子が悪いの。立ち止まると大丈夫そうだけど、歩くと痛いわ。

ザックス

昨日、靴を試しておけばよかったのに。見せてごらん。

二人が靴の様子を見ているところに、ザックスの背後からヴァルターが部屋に入る。

ザックス

そうか、わかったぞ。靴の縫い目が足を痛くさせているんだ。

エーファに靴を脱がせて、靴を直し始める。

ザックス

朝から晩まで靴屋の仕事。仕事を辞めるには君に求婚して、詩人となるのがいいんだがな。今日は美しい歌を聞いたが、第3番を作るのは誰かな?

ヴァルター

星たちは美しいダンスを踊っているのだろうか。気高き姿の乙女の巻き髪に止まり、星の冠を輝かせる。

「星たちは美しいダンスを踊っているのだろうか」Weilten die Sterne im lieblichen Tanz?

ザックス

エーファ、これがマイスターの歌だ。さあ、靴ができた。履いてごらん。

エーファは突然泣き出して、ザックスが抱き留める。ヴァルターは二人に近づき、ザックスと握手する。ザックスはエーファから身を引き、エーファをヴァルターの肩にもたれかからせる。

ザックス

靴屋の苦労など誰もわからない。詩人でなければ、靴なんてもう作っていないさ。ここがゆるい、ここがきつい、痛いとやってくる。しまいには、男やもめだとからかわれる。若い娘は自分が困れば、求婚してくれと言ってくる。はいでもいいえでも、結局私は不運になるのだ。自分の弟子には申し訳ないな。きっと私に尊敬の念を失っているさ。あいつは今どこにいるのだろう?

「靴屋の苦労など誰もわからない」Hat man mit dem Schuhwerk nicht seine Not!

ザックスが部屋を出ていこうとすると、エーファが引き留める。

エーファ

ザックス、親切な人。あなたの愛と存在がなければ、私はどうなっていたか。子供のまま目覚めることができなかったわ。私に選択権があったならば私が選んだのは、あなただけでした。あなたは私の夫だったでしょう。でも、思いがけないことが起こったのです。

「ザックス、親切な人」O Sachs, mein Freund!

ザックス

可愛い子よ、私はトリスタンとイゾルデの悲しい作品を知っている。ハンス・ザックスは賢く、マルケ王の幸せを望まなかった。マクダレーネが外にいる。入っておいで。ダーヴィト、出てきなさい。

ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」…老いたマルケ王と若い娘イゾルデが政略結婚をするが、イゾルデはマルケ王の甥トリスタンと恋に落ち、若い二人が死に魅せられて死ぬ話。

着飾ったマクダレーネとダーヴィトが部屋に入ってくる。

ザックス

証人たちが来た。名付け親も。洗礼を行おう。

その場にいる人たちは不思議そうな顔をする。

ザックス

ここでひとりの子供が生まれたので、名前を選びましょう。マイスター歌曲ができたとき、マイスターの掟では歌に名前をつけるのです。弟子では証人になれないので、ダーヴィトは職人に昇格しよう。

ダーヴィトはひざまずき、ザックスは頬を打つ。

ザックス

職人よ、立ちなさい。今の平手打ちを忘れないように。歌の名は「祝福された朝の夢解きの歌」としよう。最年少のゴッドマザーが言葉を言いなさい。

エーファ

太陽が私の幸せに微笑みかけるように、喜びに満ちた朝で目覚めた。皆の前で、歌が称賛されますように。

「五重唱」Selig, wie die Sonne meines Glückes lacht

ヴァルター

あなたの愛が私を成功に導いた。皆の前で歌が称賛されますように。

ザックス

この可愛い子の前で私も歌いたかった。だが、私の心の甘い悲しみを耐えなければ。

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
職人になれた。マクダレーネと結婚できる。もうすぐマイスターと呼ばれるようになるのか。

エーファの乳母(マクダレーネ)
彼が職人になったの?私は花嫁になるの?マイスター夫人となるのかもしれない。

ザックス

エーファ、お父さんによろしく。草原(歌の会場)に行こう。騎士殿、勇気を持て。ダーヴィトは、戸締りを。

エーファとマクダレーネが去る。ダーヴィトは戸締り、ザックスとヴァルターのが会場に向かっていく。

第2場

広々とした草原

草原、遠くにはニュルンベルクの町が見える。市民が着飾ってやってくる。

同業者組合の行進

靴屋の職人たち
聖クリスピンを讃えよう。彼は聖人であり、靴職人でもあった。貧しき人にも、暖かい靴を与えたのだ。

仕立て屋の職人たち
ニュルンベルクが包囲されたとき、ひとりの仕立て屋が山羊の皮を縫い合わせ、城壁を飛び回った。それを見た敵は逃げ出した。

パン屋の職人たち
おなかがすいた。パン屋が毎日焼かなければ、この世はみんな死んでしまう。焼こう、焼こう、毎日焼こう。

着飾った若い娘たちがやってくる。弟子たちと娘たちが躍る。

徒弟達の踊り

ザックスの徒弟(ダーヴィト)
踊っているのか?俺も楽しもう。

職人、弟子たち
マイスタージンガーたちだ。

職人や弟子たちは踊るのをやめて、整列してマイスターたちを迎える。マイスタージンガーたちが入場し、エーファは父親と共に、そのあと若い娘たちが続く。ベックメッサーがこっそりとザックスの紙を見て詩を覚えようとしている。ザックスが立ち上がると、人々が帽子を脱いで敬意を表す。

全員(ザックスを除く)
目覚めよ、朝は近づいた。緑の木立の中からナイチンゲール(鳥)の歌声が聞こえてくる。夜は西に沈み、東から太陽が昇る。

万歳、ザックス。ニュルンベルクの誇り、ザックス。

「目覚めよ、朝は近づいた」Wach’ auf, es nahet gen den Tag

ザックスは市民たちに語り掛ける。

ザックス

皆さんは軽い気持ちでも、私は苦しくなる。あまりに大きな栄誉です。

ポーグナー

友よ、ありがとう。

ザックス

皆さん、よろしければ歌合戦を始めましょう。

ベックメッサー

朝、私はバラ色に輝いて…

「ベックメッサーの本選歌」Morgen ich leuchte in rosigem Schein

人々
ベックメッサーはどうしたんだ?

ベックメッサー

この歌はザックスのものだ。

ベックメッサーは、メモを捨てて走り去る。ザックスがそれを拾う。

ザックス

この歌は私のものではありません。とある若者の歌です。正しく歌われれば、皆さん気に入るでしょう。さあ、歌ってもらいましょう。

ヴァルターが群衆の中から進み出て、ザックスに挨拶し、人々に一礼する。

ヴァルター

朝はバラ色に輝いて、花の香が漂う。実り豊かな木の下にいるのは、愛しきエーファ。

「ヴァルターの栄冠の歌」Morgenlich leuchtend in rosigem Schein

人々
素晴らしい歌。彼こそ、求婚にふさわしい。

マイスターたち
あなたは、マイスターの賞を得た。

ポーグナー

あなたをマイスターの組合に迎えます。

ヴァルター

マイスターは嫌です。マイスターなしで幸福になります。

人々が困惑し、ザックスを見る。ザックスはヴァルターの手を取る。

ザックス

マイスターを蔑ろにしてはいけない。彼らの芸術に敬意を表するのだ。気をつけなさい。邪悪な策略が待ち受けている。ドイツの国が倒れ、異国の手に落ちたとき、くだらぬものがドイツに持ち込まれるだろう。そうなれば、真実にドイツたるものは誰にもわからなくなってしまう。だから、マイスターを敬い、芸術を守るのだ。神聖ローマ帝国が消えようとも、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう。

「ザックスの最終演説」Verachtet mir die Meister nicht

歌詞と対訳

「ザックスの最終演説」Verachtet mir die Meister nicht|ニュルンベルクのマイスタージンガー

全員
マイスターを敬い、芸術を守るのだ。神聖ローマ帝国が消えようとも、聖なるドイツ芸術は我らの手に残るだろう。万歳、ザックス。ニュルンベルクの誇り、ザックス。

「合唱」Ehrt Eure deutschen Meister

人々は帽子を振り、ザックスを称える。

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