「フィデリオ」は、ベートーヴェン唯一のオペラ作品です。1805年に初演が失敗に終わり、何度か改訂して、1814年に現行の決定版が完成しました。
オペラの主役は、刑務所に幽閉された夫を救い出すために男装して働くレオノーレ(男装中の名前はフィデリオ)です。
「フィデリオ」の見どころ、聴きどころとしては、フィデリオ序曲、レオノーレ序曲3番、「レオノーレのアリア」Abscheulicher!、「フロレスタンのアリア」Gott! Welch Dunkel hier!があります。
オペラ「フィデリオ」の相関図

オペラ「フィデリオ」の登場人物
レオノーレ(フィデリオ) | フロレスタンの妻 | ソプラノ |
フロレスタン | 囚人 | テノール |
ドン・ピツァロ | 国営刑務所の所長 | バリトン |
ロッコ | 看守長 | バス |
マルツェリーネ | ロッコの娘 | ソプラノ |
ヤキーノ | 門番 | テノール |
ドン・フェルナンド | 司法大臣 | バリトン |
オペラ「フィデリオ」の基本情報
- 題名 フィデリオ Fidelio
- 作曲 ベートーヴェン
- 初演 1805年11月20日 アン・デア・ウィーン劇場
- 原作 ジャン・ニコラス・ブイイ「レオノーレ、または夫婦愛」
- 台本 ヨゼフ・ゾンライトナー(初版) ゲオルク・フリートリヒ・トライチュケ(改訂)
- 言語 ドイツ語
- 上演時間 2時間15分(第1幕75分 第2幕60分)
オペラ「フィデリオ」の簡単なあらすじ
レオノーレ(フィデリオ)は男に変装し、夫を探すために牢屋で働く。地下牢に入ることが許されるのはロッコのみ。
ロッコの娘マルツェリーネがフィデリオを気に入っている。レオノーレは戸惑いながらもマルツェリーネと結婚するふりをする。レオノーレは婿になることでロッコの信用を得る。ロッコはレオノーレが地下牢に入る許可を所長に求める。
レオノーレはロッコと共に地下牢に入り、夫であるフロレスタンを発見する。レオノーレはフロレスタンを牢屋に入れた所長ドン・ピツァロと対峙する。
大臣が牢屋を視察に来た。彼はフロレスタンの友人で、フロレスタンを探していた。大臣は所長を逮捕する。人々はレオノーレの行動を賞賛する。
解説「フィデリオ」の名前の意味
フィデリオの名前は、シェイクスピアの戯曲「シンベリン」に登場する、男装してフィデリオと名乗った王の娘イモージェンがもとになっています。彼女はどんな困難にあろうとも夫に忠実な女性でした。彼女の名乗ったフィデリオは、ラテン語の「fidelitas」誠実・忠誠を由来としています。
オペラ「フィデリオ」序曲
オペラ「フィデリオ」第1幕のあらすじ
刑務所の中庭
看守長ロッコの娘、マルツェリーネは洗濯物にアイロンをかけている。
ヤキーノ
やあ、可愛い人。二人きりになれたね。君と結婚すると決めたんだ。
マルツェリーネ
へえそうなの。もう日にちも決めたのね。
戸を叩く音がして、ヤキーノが出ていく。
マルツェリーネ
彼の愛にうんざり。気の毒だけど、私はフィデリオを選んだの。
すぐにヤキーノは戻ってくる。
ヤキーノ
返事は聞かせてくれないのか?
マルツェリーネ
今日も明日もお断り。私のお父さんがあなたを呼んでいるわ。さあ行って。
ヤキーノが去る。
マルツェリーネ
前は彼が好きだったけど、フィデリオが現れて私は変わったの。私はフィデリオが好き。
あなたを私の夫と呼ぶことができたらいいのに。穏やかな暮らしの中で、私は毎朝目覚めるの。私たちは愛情深く挨拶を交わすのよ。
「マルツェリーネのアリア」O wär ich schon mit dir vereint
看守長ロッコとヤキーノが来る。

フィデリオはまだか?刑務所長に渡す書類を取りに行くように頼んだのだが。
フィデリオ(男装したレオノーレ)が帰ってくる。



仕事が終わりました。



フィデリオ。お前の仕事ぶりは大したものだ。お前ほど、熱心で利口な者はいないよ。(きっと娘に気があるから、頑張っているんだな。)お前に褒美を与えるぞ。



いやいや、仕事ですから。
マルツェリーネ
(彼は私を好きなのね。私は幸せになれるわ。)
「四重唱」Mir ist so wunderbar



(彼女は私を愛している。なんてつらいんだ。)



(娘は彼を好きなんだな。二人は幸せになるだろう。)
ヤキーノ
(親方は二人を認めている。私にはどうしようもない。)
ヤキーノは、落胆して去る。



おい、フィデリオ。お前を婿にしよう。夫婦に大切なのは、金だ。お金があれば幸せになれるぞ。
「ロッコのアリア」Hat man nicht auch Gold beineben



夫婦に必要なのは、心の結びつきです。でも、私が努力しても手に入れられないものがあります。それはあなたの信頼です。地下牢の仕事は手伝わせてもらえません。



地下牢には誰も連れて行ってはいけないと命じられている。
マルツェリーネ
お父さん、働き過ぎだわ。



お嬢さんの言う通りです。自分の体をいたわるべきですよ。



そうだな。お前たちの言う通りだ。この仕事は私には荷が重い。2年以上地下牢に入っている男がいる。私には何もしてやることが出来ない。



(私の夫フロレスタンかもしれない。)私には勇気も力もあります。



いいぞ、息子よ、いつも勇気を持つのだ。そうすれば、すべてうまくいく。
「三重唱」Gut, Söhnchen, gut



私は勇気があります。地下牢に行きます。
マルツェリーネ
地下牢に行けば、優しいあなたの心がつらくなるでしょう。でも、戻ってきたら、私たちの愛の幸せが待っている。



さあ、二人は手を取り合って愛の誓いを結びなさい。
レオノーレは困りながらも、マルツェリーネと手を取り合う。



所長に書類を渡す時間だ。ふたりとも去りなさい。
マルツェリーネとレオノーレは去り、刑務所長がやって来る。所長はロッコから報告を受け、書類を受け取る。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
(書類に目を通しながら)「刑務所で不当な暴力による犠牲者がいるとの報告があり、大臣が視察に来る」
(地下牢にいるフロレスタンが見つかったら大変だ。大臣は彼が死んだと思っている。大臣が来る前にあいつを始末しよう。)
今こそ復讐を果たす良い機会だ。あの男の最期には、こうささやこう。勝利だ。私の勝ちだ。
「ピツァロのアリア」Ha, welch ein Augenblick!
衛兵たち
あの方は死と傷を語っている。大変なことが起こるのだろう。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
隊長よ。街道を見張り、大臣が来たらラッパで合図しろ。さあ、行け。
隊長は去る。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
さて老人よ。お金を渡そう。人殺しをしてくれ。



恐ろしい!人殺しは私の仕事ではありません。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
お前がやらないなら、自分でやろう。お前は墓の穴を掘れ。
ロッコと刑務所長は去る。レオノーレは立ち聞きしていた。



悪人よ、急いでどこに行くのか。希望よ、来ておくれ。最後の星を消さず、私の目標を照らしてくれ。
「レオノーレのアリア」Abscheulicher! Wo eilst du hin?
「レオノーレのアリア」Leonore’s aria|フィデリオ


刑務所の庭にマルツェリーネ、看守長ロッコ、レオノーレ。



良い天気ですし、気の毒な囚人たちを庭に出してあげましょうよ。所長はしばらくは来ないでしょう。



所長の許しがないと無理だ。
マルツェリーネ
私もお願いするわ。きっと所長のためになるはずよ。



そうだな。ヤキーノとフィデリオは牢を開けてくれ。私は所長が庭に来ないように、お前の結婚の話をして引き留めておくよ。
ロッコは刑務所長に会いに行く。
監房を開けると、囚人たちが出てくる。それを見た隊長が報告行く姿がある。レオノーレは、囚人たちの中に夫がいないか探すが夫は見つからない。
囚人たち
なんという嬉しさ!空の下で軽やかに息ができる。牢は墓場だ。
「囚人たちの合唱」Prisoners’ Chorus
「囚人たちの合唱」Prisoners’ Chorus|フィデリオ


ロッコが戻り、レオノーレと話す。



刑務所長の返事はどうでしたか?



お前たちの結婚も、地下牢にお前が行くことも許可された。今日にも私たちは地下牢に行こう。



今日にもですか!なんと嬉しい。



落ち着きなさい。厳しい仕事をしなければならない。地下牢に墓穴を掘るのだ。
二人が話しているところに、マルツェリーネが急いでやって来る。
マルツェリーネ
大変よ。お父さん!牢から囚人を出したのを刑務所長が知ってしまった。



囚人を急いで牢に戻すんだ。
ヤキーノ
急ぎましょう。
刑務所長が怒って現れる。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
勝手なことを。囚人に自由を与えるとは。



地下牢の不運な男は死ぬのですから、他の囚人に少しの安らぎを与えてください。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
お前は早く地下牢の仕事に取りかかれ。
オペラ「フィデリオ」第2幕のあらすじ
第1場
地下牢
フロレスタンが体に鎖を巻き付けられ、石の上に座っている。



なんと暗く不気味な所だろう。生きているものは自分以外にいない。一人の天使が見える。妻のレオノーレに似ているではないか。私を天国に導いてくれるだろう。
「フロレスタンのアリア」Gott! Welch Dunkel hier!
「フロレスタンのアリア」Gott! Welch Dunkel hier!|フィデリオ


ロッコとレオノーレが地下牢に降りてくる。



地下牢はこんなに寒いのか。



のんびりしていられない。さあ、掘るぞ。すぐに刑務所長はやってくる。



しっかりやります。
フロレスタンは倒れ込んでいて、動かない。



(夫だろうか。もしこの人が夫なら、神様お助けください。)
二人は墓穴を掘り始める。フロレスタンが目覚めて、声を掛けてくる。



看守よ。最後に刑務所長の名前を教えてくれ。



(この声は!私の夫だわ!)



(もう言っても問題ないだろう。)所長はドン・ピツァロだ。



ピツァロ!妻に連絡を取りたい。そして少しの水をくれないか。



私はあなたの妻に連絡は出来ない。水はないが、ブドウ酒なら持っている。フィデリオ、もってこい。



私が彼にもっていきます。
レオノーレはパンをフロレスタンに与える。フロレスタンは妻に気がつかない。



あなた方がより良い世界で報われるように。
墓穴の用意ができた。ロッコが口笛を吹き合図を送ると、刑務所長が降りてくる。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
その若者を遠くにやれ。



フィデリオ、出ていくんだ。
レオノーレは、去るふりをして隠れる。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
奴は死ぬのだ。すべてを明らかにしてやろう。さあ、私の顔を見ろ。お前が倒そうとしたピツァロだ。
「四重唱」Er sterbe!



目の前にいるのは殺人者だ。
刑務所長はフロレスタンを短剣で刺そうとする。レオノーレは叫び声を上げて、フロレスタンを守る。



さがれ。私を殺せ。私は彼の妻である。



私の妻なのか。レオノーレ。



彼の妻なのか?
刑務所長(ドン・ピツァロ)
いい度胸だな。ふたりとも私の怒りで死ねばいい。
レオノーレは銃を取り出し、刑務所長に向ける。



もう一言でもしゃべれば、命はないぞ。
大臣の到着を知らせるラッパの音が響く。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
大臣が到着した。ちくしょう。



ああ、正義の神よ。
ピツァロは悔しそうに階段を昇り、ロッコも続く。レオノーレとフロレスタンは、再会を喜ぶ。



名もなき喜びよ。私の胸に夫がいる。
「二重唱」O namenlose Freude!



名もなき喜びよ。私はレオノーレの胸にいる。
ロッコが戻ってくる。



よい知らせだ。大臣は囚人の名簿を持っている。中庭に人々を集めている。名簿にはあなたの名前はない。刑務所長が勝手にあなたを牢に入れたからだ。さあ、上に行きましょう。
3人は地下牢を出ていく。
レオノーレ序曲3番
グスラフ・マーラーがフィデリオを指揮した際に間奏曲として演奏して以来、ここに挿入されることが増えました。ベートーヴェンが、意図して入れたわけではありません。
第2場
監獄の中庭
民衆たちが集まっている。大臣と刑務所長、兵たちが民衆の前に現れる。大臣の前に、囚人たちが連れられてくる。
囚人たちと人々
万歳!この墓場の門に、慈悲と正しさが現れた。
「合唱」Heil sei dem Tag, Heil sei der Stunde
大臣(ドン・フェルナンド)
私は国王の命令で、不正を暴くためにやってきた。
ロッコが、レオノーレとフロレスタンを連れてやってくる。
刑務所長(ドン・ピツァロ)
さがれ。



こちらの二人を助けて下さい。彼はドン・フロレスタンです。
大臣(ドン・フェルナンド)
死んだと思っていた。君なのか!



そして、こちらが彼の妻です。夫を救うために、男装して私のもとに働きに来ました。刑務所長がフロレスタンを亡き者にしようとしたところ、あなたが到着したので助かりました。
大臣(ドン・フェルナンド)
(ロッコに)彼の鎖を外してくれ。いや、その役目はこの女性がふさわしいだろう。
マルツェリーネはフィデリオが女性であると知り悲しむ。大臣はレオノーレに夫の鎖を解く鍵を渡す。



神よ、なんという瞬間。



言葉にならないほどの幸せ。
人々
夫の救った女性を称える声は、響き続けるだろう。
全員がレオノーレの勇気や行動を褒め称える。