フンパーディンクのオペラ「ヘンゼルとグレーテル」は、欧米ではクリスマスの時期に家族で見に行くオペラとして有名です。もともと、フンパーディンクの妹アーデルハイト・ヴェッテ(台本を担当)の夫の誕生日会で、子供たちが演じる劇のために作られた作品です。親しい人たちの間で好評になり、オペラ化されて1893年に上演されるに至りました。グリム童話の毒の部分がなくなり、宗教的な教訓が盛り込まれた、家族で見るのにふさわしい優しいオペラです。
ヘンゼルとグレーテル、オペラ:人物相関図
ヘンゼルとグレーテル、オペラ:登場人物
ヘンゼル | 兄 | メゾソプラノ |
グレーテル | 妹 | ソプラノ |
ペーター | 父・ほうき職人 | バリトン |
ゲルトルート | 母 | メゾソプラノ |
お菓子の魔女 | 魔女 | メゾソプラノ |
眠りの精 | 子供を眠らせる | ソプラノ |
露の精 | 子供を目覚めさせる | ソプラノ |
- 原題:Hänsel und Gretel
- 言語:ドイツ語
- 作曲:エンゲルベルト・フンパーディンク
- 台本:アーデルハイト・ヴェッテ(フンパーディンクの妹)
- 原作:グリム童話「ヘンゼルとグレーテル」
- 初演:1893年12月23日 ヴァイマル 宮廷歌劇場
- 上演時間:1時間50分(第1幕35分 第2幕30分 第3幕45分)
ヘンゼルとグレーテル、オペラ:簡単なあらすじ
ヘンゼルとグレーテルは母親に叱られ、森にイチゴ狩りに行く。森には悪い魔女がいることを知った両親は、すぐに子どもたちを探しに行く。森でヘンゼルとグレーテルは、眠りの妖精と露の妖精に出会う。彼らは子どもをお菓子に変えて食べようとする魔女にも出会うが、魔女を退治する。自分たちを探しに来た両親と再会する。
ヘンゼルとグレーテル、オペラ:第1幕のあらすじ
前奏曲
ペーターの家
ドイツ、森の見える貧しい家の中。
お母さんが早く帰ってこないかな。何週間も乾いたパンしか食べていない。
お父さんが落ち込むお母さんに言う言葉を思い出して。「不幸がこれ以上にないほどになると、神があなたに手を差し伸べてくれる」と。
そうだね。いい感じに聞こえるけど、僕はそれだけでは満足できないんだ。おいしいものを食べたいよ。
文句を言うと怖い顔に見えるわよ。さあ、気難し屋さんをこの家から追い出すのよ。
ふたりはほうきを手に取る。
気難し屋さんを追い出そう。
秘密を教えてあげるわ。喜ぶわよ。ミルクポットの中を見てごらん。ミルクが入っている。今日、ご近所さんからもらったの。お母さんが帰ってくれば、ライスプディングを作ってくれるよ。
ライスプディング!牛乳の濃さを味見しよう。
恥ずかしくないの?それより早く仕事をしよう。お母さんが帰ってきたら怒るわ。
仕事?そんなことより踊ろうよ。
踊り!それは私も好きよ。
僕は苦手なんだ。踊り方を教えてよ。
足でトントントン、手でパンパンパン。後ろに回って、前に回って、ぐるぐると、難しくないでしょう。
「二重唱」Mit den Füsschen tapp tapp tapp
ふたりはぐるぐる回るうちにバランスを崩して床に転がる。ドアが開き母親が姿を現すと、子供たちは飛び上がった。
母親(ゲルトルート)
親は早朝から日暮れまで働いているのよ。靴下はまだ編んでいないの?ほうきは完成していないの?
子供たちを追いかけて、ミルクポットを落としてしまう。
母親(ゲルトルート)
今度はミルクポットを割ってしまった。夕食は何を作ればいいの?
母親は泣きだす。
母親(ゲルトルート)
森の中でイチゴを取っておいで。かごいっぱいになるまで帰ってくるんじゃないよ。そうでなければ叩いてやる。
子供たちはかごを持って出ていく。
母親(ゲルトルート)
神よ、お金を恵んでください。長い間、水しか飲めません。疲れた。死ぬほど疲れた。
母親は眠り込んでしまう。外から父親の歌声。
父親(ペーター)の歌声
ララララ、幸せと栄光をもたらすぞ。
歌って踊りながら父親が家に到着。父親が眠っている母親を起こす。
母親(ゲルトルート)
誰が私を眠りから覚まそうとするの?
父親(ペーター)
いい知らせだ。この食べ物を見ておくれ。
母親(ゲルトルート)
ベーコンとバター、牛乳にソーセージ。14個の卵。豆、玉ねぎ、まあ、4分の1ポンドのコーヒー。
ふたりで手を取り合って踊りだす。
父親(ペーター)
聞いてくれよ、ヘレンヴァルトの向こう側ではもうすぐお祭り騒ぎだ。祝うには掃除をしなけりゃならない。私のほうきが最高の価格で売れたよ。ほうき屋、万歳だ。でも、子供たちはどこにいる?
母親(ゲルトルート)
(気まずそうに)どこにいる?そうね、知りたいわ。でも、はっきりとわかっていることがある。割れたミルクポットよ。
父親(ペーター)
あの子たちは、また悪さをしたのかい?
母親(ゲルトルート)
仕事をしていなくて、私が怒って追いかけたの。それでポットが割れてしまった。
父親が笑いだして、二人で笑いあう。
父親(ペーター)
怒りっぽいお母さんだな。あんなポット、いいさ。だけど、子供たちはどこなんだ?
母親(ゲルトルート)
イルセシュタイン(岩)のところじゃないかな。
父親(ペーター)
イルセシュタイン(岩)だって?大変だ。お菓子の魔女がいる。
Ilsenstein(イルセシュタイン)…ドイツ中部のハルツ山地にあるイルセンブルクの町の近くにある有名な花崗岩の岩
父親(ペーター)
岩のように古く年取った魔女があそこにいる。真夜中になると、彼女は悪魔の力を持つ。
母親(ゲルトルート)
なぜお菓子の魔女なの?
父親(ペーター)
昼間は、子供たちのためにお菓子の家がある。魔法のケーキでおびき寄せる。そして、熱したオーブンに、ケーキに夢中になった子供を入れるんだ。オーブンの外に出てくるのは、ジンジャーブレッドになった子供だ。そして、魔女はそれを食べてしまう。
母親(ゲルトルート)
恐ろしい。子供たちを助けなければ。
母親が外に飛び出し、父親もそれに続く。
ヘンゼルとグレーテル、オペラ:第2幕のあらすじ
前奏曲「魔女の騎行」Hexenritt
森の中
夕暮れ。暗い森の中、イルセシュタイン(岩)の近く。グレーテルが花輪を作り、ヘンゼルがイチゴを探している。
たくさんイチゴが取れたよ。お母さんに褒めてもらえるかな。
私の花輪も上手にできたわ。
カッコーの鳴き声が聞こえる。
カッコー、カッコー、タマゴをぱくり。
カッコー、カッコー、イチゴをぱくり。
「二重唱」Kuckuck, Kuckuck, Erbelschluck!
グレーテルはヘンゼルにイチゴを食べさせる。
僕もできるぞ。カッコー、カッコー、イチゴをぱくり。
ヘンゼルもグレーテルの口にイチゴを入れる。ふたりでかごの中のイチゴを食べてしまう。
全部食べるなんて!お母さんに怒られる。
騒がないで。グレーテルも食べただろう。
新しいのを探さないと。
暗闇の中で、生垣やブナの下を探すの?葉っぱや実が見えないよ。周りはもう暗くなってきている。
なにか悪いことが起こりそう。見て、小さな光が近づいてくる。
誰かいるの?
こだま
いるの?いるの?
抱き合って震える。霧が少し晴れて、ふたりの前に小人が現れる。
見て、小人がいる。
小人が親しげな様子で近づき、子供たちが安心する。
眠りの精
私は小さな眠りの精。あなたたちに害を与えません。子供を大切に愛します。穏やかに眠りなさい。
「私は小さな眠りの精」Der kleine Sandmann bin ich
眠りの精が来た。
夜の祝福を祈りましょう。
ふたりはひざまずいて両手を合わせる。
ヘンゼルとグレーテル
眠りたい夜に、私の周りには14人の天使が立っています。頭の上に二人、足元に二人、右手に二人、左手に二人、私を包むのに二人、目覚めさせるのに二人。天に導く二人。
「夕べの祝福」Abends will ich schlafen gehn
「夕べの祝福」Abends will ich schlafen gehn|ヘンゼルとグレーテル
ふたりは腕を組んで眠る。暗闇の中、霧の中に明るい光が差し込み、やがて雲となり、階段のような形になる。流麗なローブに身を包んだ14人の天使が、光が神聖さを増す中、2人1組で雲の階段を下り「夕べの祝福」の順序に従って、眠っている子供たちの周りに立っていく。
ヘンゼルとグレーテル、オペラ:第3幕のあらすじ
前奏曲
森の中
朝、眠る子供たちの側に露の精がいる。
露の精
私は小さな露の精。太陽と共に私は旅をする。東から西へ。明るい太陽はもう笑っている。眠っている人は、起きてください。
「私は小さな露の精」Der kleine Taumann heiss’ ich
グレーテルが目覚める。
ここはどこ?モミの木の下で寝ていたなんて。鳥たちがとても優しい歌を歌っているわ。(寝ているヘンゼルに)怠け者のヤマネさん。もう起きなさい。ティ・リ・リ・リ、もう早くないよ。
「ここはどこ?」Wo bin ich?
(急に飛び起きて)キ・ケ・リ・キー(ドイツ語のコケコッコー)、まだまだ早いよ。朝が来た。とってもよく眠れたんだ。
素敵な夢を見たの。天から光が差し込んで、天使が舞い降りた。金色の羽をもつ天使だったわ。
14人の天使。
全部見たの?
もちろんだ。天使が去っていくのを見送ったよ。
霧が晴れて、ふたりの前にお菓子の家が現れる。
ヘンゼルとグレーテル
小さなお家。ケーキやタルトの屋根に、白い砂糖の窓、ジンジャーブレッドの柵がある。
誰もいないようだ。さあ行こう。
あなたは本気なの?小さな家の中に誰がいるかなんて誰にもわからないでしょ。
小さな家は僕たちに微笑んでいるよ。きっと天使がくれたんだ。僕たちを招待してくれたんだよ。
ヘンゼルとグレーテル
かじってみましょう。小さな鼠のようにかじってみましょう。
家の中から声
カリカリ、カリカリ、誰が私の小さな家をかじっているの?
聞こえた?
風よ。
風だね。
ヘンゼルとグレーテル
神(天使)の子よ。
神の子…神に祝福された者、神を信じる者
ふたりはお菓子の家を食べ始める。
家の中から声
カリカリ、カリカリ、誰が私の小さな家をかじっているの?
ヘンゼルとグレーテル
風よ、風よ、神の子よ。
家の上部の扉が静かに開き、お菓子の魔女の頭が見える。 子供たちはそれに気づかず、楽しく食事を続けていると、彼女は扉を全開にして子供たちに忍び寄り、ヘンゼルの首に縄をかける。
お菓子の魔女
ヒヒヒ!
誰だ?
魔女が子供たちを自分の方に引き寄せて、撫でる。
お菓子の魔女
かわいい子供たち、とても丸くて太っているね。怖がることなんてないのを知ってちょうだい。私は子供のように無邪気なのよ。だから私は小さな子供たちが大好き。
近づかないで!いいか、僕はお前が嫌いなんだ。
お菓子の魔女
おいしそうな小悪魔だね。私の小さな家に来て。チョコレート、ケーキ、マジパン、甘いクリームが入ったケーキを食べさせてあげよう。
一緒に行きません。
お菓子の魔女
まあ、賢いね。小さなネズミたちよ。
あなたは何をしたいの?兄に何をするの?
お菓子の魔女
たっぷり美味しいものを食べさせてあげるよ。羊のようにおとなしくなった時、ヘンゼルにささやいてあげる。嬉しいことをね。
僕は耳も目もいいんだ。どんな災いがあるかわかっている。グレーテル、あんな甘い言葉を信じちゃいけない。妹よ、一緒に逃げよう。
ヘンゼルが魔女につけられた縄から抜け出して、グレーテルと逃げようとする。魔女が杖を出す。
お菓子の魔女
ホークスポークス、魔女の一撃。ふたりとも、もう動けないよ。生意気な子を馬小屋に入れよう。
「ホークスポークス、魔女の一撃」Hokus pokus, Hexenschuss!
Hokus pokus…ドイツ語のアブラカダブラ。魔法の呪文。
Hexenschuss…へクセンシュス「Hexe」は魔女「Schuss」は射撃。ドイツでは日常的な言葉として「ぎっくり腰」の意味。
お菓子の魔女
今のグレーテルは、もう動けない。ヘンゼルを太らせよう。家に入って甘いアーモンドとレーズンをもってこよう。
魔女がお菓子の家に入る。ヘンゼルは馬小屋に入れられ、グレーテルは魔法で動けない。
なんて怖い魔女なの。
グレーテル、大声で話すな。賢く、注意を払うんだ。魔女が望むことをすべてやるふりをしよう。彼女が戻ってきた。
魔女が戻ってきて、ヘンゼルの口にお菓子を放り込む。
お菓子の魔女
グレーテルに用事を言いつけよう。私の言うことを聞かなかったら、お前も馬小屋に入れるぞ。
魔女が魔法を解いて、グレーテルが動けるようになる。ヘンゼルが眠る。
お菓子の魔女
おや、いたずらっ子が眠っている。よく寝なさい。すぐに永遠の眠りにつくさ。それとも、グレーテルを先にしようか。
魔女がかまどに火をくべていく。
お菓子の魔女
グレーテル、お前はもうすぐお菓子になるよ。お前はかまどの中のジンジャーブレッドをのぞくんだ。お前がかまどの中に入ったら、私は扉を閉める。グレーテルは、私の焼き菓子になる。
魔女は喜びのあまり、ほうきを手に取り空を飛ぶ。魔女が空から降りてきて、ヘンゼルが太っているか確認する。
お菓子の魔女
起きるんだ坊や。さあ舌を見せるんだ。これはおいしそうだ。さあ、指を見せるんだ。(ヘンゼルが細い木の棒を差し出す)なんとまあ、哀れな指じゃないか。
グレーテル!ヘンゼルに食べさせてやれ。
アーモンドはここにあります。(こっそりと)ホークスポークス、ニワトコの木よ。ヘンゼルの手足を動かせ。
Hokus pokus Holderbusch!
Holderbusch(ニワトコの木)…魔除けの効果がある木・魔女とは違う呪文。
お菓子の魔女
何か言ったかい?
召し上がれって言いました。
魔女がかまどの扉を開けて、火を確認している。ヘンゼルが馬小屋から静かに出てくる。
気をつけろ。
お菓子の魔女
グレーテル、かまどの中をのぞいて。ジンジャーブレッドが茶色になっているか、まだ早すぎるか。簡単な仕事だよ。
どうやってすればいいの?
お菓子の魔女
少し背伸びして、頭を前に出すのさ。
私はとても馬鹿なの。だからやって見せて。
お菓子の魔女
こうやるんだよ。子供の遊びさ。
ヘンゼルとグレーテルは魔女をかまどに押し入れて、すぐに扉を閉める。
ヘンゼルとグレーテル
魔女を倒した。魔女の恐怖は終わったぞ。陽気に踊ろう。
「万歳、魔女を倒した」Juch-hei! Nun ist die Hexe tot
ヘンゼルとグレーテルがお菓子の家に向かい、自宅にお菓子を持って帰ろうとふたりで集めていると、魔女が入ったかまどが大きい音を立てて壊れる。魔女によってお菓子にされていた子供たちが出てくる。
お菓子の中に子供が見えるぞ。
お菓子になっていた子供たち
あなたたちが触ってくれれば、私たちは目覚めるわ。
お前が触ってあげて。
可愛い顔を撫でましょう。
グレーテルがお菓子になった子供たちを撫でていき、ヘンゼルは呪文を唱える。
ホークスポークス、ニワトコの木よ。みんなの手足を動かせ。
お菓子になっていた子供たち
ありがとう。魔法が解けた。みんなで手を取り合って踊ろう。
昼も夜も天使たちは僕たちを見守っていてくれる。すべての素晴らしさを称え、感謝しよう。僕たちを笑顔にしてくれるんだ。
ふたりの父親と母親が現れる。家族は抱き合って喜ぶ。お菓子になっていた二人の男の子が、かまどからジンジャーブレッドになった魔女を取り出す。
父親(ペーター)
子供たちよ、見てごらん。魔女は自分がお菓子になったんだ。
子供たちがジンジャーブレッドになった魔女をお菓子の家に運ぶ。
父親(ペーター)
天の裁きに注目しなさい。悪事は長続きしません。不幸がこれ以上にないほどになると、神があなたに手を差し伸べてくれる。
「神が手を差し伸べた」Gott der Herr sich gnädig zu uns neigt!
全員
不幸がこれ以上にないほどになると、神があなたに手を差し伸べてくれる。
お菓子になっていた子供たちが、ヘンゼルとグレーテル一家の周りを囲んで踊る。